�蠧�記
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1965年の夏に母と一緒に熊本から夜行寝台列車に一晩コトコト揺られて東京の祖母の家に戻ってきました。 あの時はまだ傷はなかった。何も知らなかった。 ふぅちゃんと二人で歩いていた時何故近所のけんちゃんが石を投げてきたのかもわからなかった。野犬もいた。 日本はあの頃もあの後も決して女が一人で旅しても安全な国ではないのだ。 友達って体力や気力や能力がないとできないのかな。そういうものではないだろうと思うが。
私みたいな人ってきっと一人くらいはどこかにいると思う。 会えないかな。 いないかな。あなたのようなかたはふたりとないのですからねですって。 それは人は皆似て非なるものだとしても。 どんなおばあちゃんでもおばちゃんでもきっと一人くらいはどこかに私と心が瓜二つの女の子があるんじゃないかな。 この間オンラインでかなりご高齢の親御さんが手を焼きご心配になっている娘さんに とても親しみを感じた。未だに心配して下さる親御さんがあるのが華があっていいなあと思うのですが。子供っていいなあ。
私とルームメイトになって一緒に弥次喜多道中してくれるような人 。無理かな。
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