�蠧�記
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確かに憲法に家族の助け合いが義務化されても本当に家族が助け合えるようになるかどうかは疑問だ。だいたい今迄私たちが助け合おうとしてこなかったかのように言われるのは心外だ。 父や母は教育勅語を刷り込まれて育ったが、 あれは憲法にあったか?夫婦相和し朋友相信じという理想は確かに彼らの根元になかったようには感じられなかったが。 犬も喰わない夫婦喧嘩もよくあった。 英語でも愛、友情、信、などが求められている時があるとは感じる。 しかし憲法にはあるのかな。 誰だって平気でくっついたりわかれたりするわけではない。 みんな大変なんだ。 子供の頃幸せなんていう言葉はインプットされていなかった。 幸せなんていう言葉があるから不幸になるのではないのだろうか。 違うかな。 でも年賀状などでは、健康や幸せを願う。 私の母は幸せそうな女性だった。 そうでもないかな。でも独身の頃より結婚してからの方がきれいになって見えたから、 きっと幸せな妻だったんだと思う。 もっと生きたかっただろうな。でも限界があった。 私も自分の限界を越えられないのだろうか。 私はこれだけのものなのだろうか。
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