衛澤のどーでもよさげ。
2007年11月01日(木) ろーりんすとん。

いやもう坂道を転がり落ちる石っころのように。
いま更ながら急転直下猪突猛進の勢いですっ転んでいます「創聖のアクエリオン」に。試しに第一話だけ、と思ってストリーミングで見てみたら、これがおもしろくて止められない。仕事放りっぱなしで早くも第一六話まで見てしまいました。いま八千年過ぎた頃です。もっと恋しくなってきています。
今日付の当記事は、最早やひとり言です。ヲにありがちなことですからそこはさらっと流してください。

主役メカがまったくの機械ではなく半生命体のロボットであることや独立ユニット型コクピットに全方向スクリーンディスプレイ、パイロットは一〇代半ばの少年少女に限られること、半生命体である機械とパイロットが共鳴しなければ充分な能力が発揮されずときにはパイロットが強制射出されることがあることや、モチーフにカバラ(セフィロトの樹、逆さまの樹)や心理学、脳科学などが取り上げられていること等、「新世紀エヴァンゲリオン」と重なる部分もあり、「エヴァ」の庵野秀明監督が最新劇場版公開に当たり述べた「エヴァ以降のアニメーションでエヴァよりも新しいアニメーションはなかった」というコメントは確かにその通りかもしれない、と思っていたのですが、「合体」という要素を主軸として三機の機械が合体してその組み合わせによりロボットが三形態をなし、かつ搭乗パイロットにより三形態のロボットがかたちのみならぬ個性を持つという点で「アクエリオン」は「エヴァ」を越えたのでは、とも思うようになりました。
ああ、現在のぼせているような状態なのでヲらしく語り放題で句点が著しく少ない文章を書いてしまいました。よろしくない見本ですね。
誤解がないように記しておきますと、「エヴァ」と「アクエリオン」は似た作品ではありません。決定的な違いがあります。「アクエリオン」はギャグの比重がとても高く、また爽快なまでの荒唐無稽さをはらんだ作品です。

主役メカの発進プロセスを丁寧に見せるという点では物語後半に近付くに従って「アクエリオン」は等閑になってきていてメカフェチには少々寂しい次第ですが、戦闘シーンには主題歌が、アレンジされたインストルメンタルではなくオープニングで使用されているそのままが流れるのが旧来のロボットアニメーションの流れを汲んでいて「燃え」ます。
またパイロット(「アクエリオン」では「エレメント」と称する)が総員一一名いて、戦況によって誰がどの機体に搭乗するかが異なり、つまりは誰もが主人公になり得るというところが愉しみを多重構造にしています。実際、主人公だけでなくサブキャラクタたちが物語の核となるエピソードも多数あり、往年のように一年五二本のシリーズであれば多くのボトルショー(物語全体の構成に大きく影響しない一話完結エピソード)を盛り込めたことでしょう。
何より、私はまだ第一六話までしか見ていませんが、これほど主人公が頻繁に鼻をほじり、あまつさえほじった指先に付いたソレを食べてしまう場面が出てくるロボットヒーローものをこの三〇と数年の間、ほかに見たことがありません。あ、いや、これは別に特筆すべきことでもないのですが、思わず突っ込んでしまった部分なので。第一話では脇を駆け抜けようとした小動物(ドブネズミ?)を引っ掴んで生きたまま食べてしまった主人公ですからね。

もしかしたら、私にはめずらしく主人公が一番好きな作品かもしれません。二〇代半ばになるくらいまでの私ならきっと好きにならなかったタイプのキャラクタなのですが、現在の私のツボを突いています。「バカみたいに沢山がつがつ喰ってせわしなく動きまわってどんな場所でも直ぐ眠れる」という野性の強さを持った男の子って、物語の作り手としても受け手としてもとても好きです。作り手の立場から言えば、主人公にしておけば制作過程であんまり苦しまずに済みます。作者を無視して勝手に動きまわるだろうタイプなので却って作り手を苦しませることもあるでしょうが。
第一印象で一番好きだと過日申しました黒髪短髪眼鏡のインテリ少年は、それはもうヴィジュアル面からです・ます文体の話し言葉から地味さ加減から何から何まで私のヲ心を掴んで離さないということは本編を見る前も見ているいまも変わりはありません。一五年くらい前までの私なら文句なしに彼が一番好きだったでしょう。主役メカ搭乗時よりも基地内でオペレータをしているときの方がしっくりくる地味さも大好きです。いっそずっとオペレータやってろよと思うくらい。実はオペレータってロボットアニメーションでは主人公の次くらいに台詞が多いんですけどね。
ほかのエレメントたちも「こいつはちょっと……」というキャラクタがいなくて、設定よりもキャラクタで物語を引っぱっていくタイプの作品で、ライトノベル世代には受けがいいのだろうなという印象を、私はこの作品に持っています。その分、SF成分が少なめになってしまうのでSFファンにはもの足りないかもしれませんね。

この作品には、名言が多数登場します。アクエリオン運用部隊の司令官不動が毎話一ツ以上格言めいたことを言うほかに、各話の主軸となるキャラクタが事件を通して懊悩を克服するときに口にする言葉は笑えるようで核心を突いたものが多いのです。
中でも第一一話で麗花という不幸体質少女が発する「どうせ逃がれられないなら、この不幸、とことん窮めてみせる!」、「思い知れ、不幸のどん底!」は名言中の名言ではないかと思っています。このエピソードはおじさんちょっと涙ぐんじゃったな。「自分だけが不幸だなんて思うなよ」的な台詞は多くの作品でいろいろな人物が言っているでしょうが、麗花の不幸レベルが並大抵ではないことと「不幸」という「負」を「窮める」ことで「正」のエネルギーに変換してしまうこととが相まって、他に見られない魅力を生み出しています。
第一五話の「誰かに支えて貰うためには先ずすべきことがある、それは倒れきることだ、倒れきらねば支えて貰うことはできぬ」という意味の不動司令の台詞は常々私が考えていることと重なって深々頷きました。

第一六話からオープニング曲が変わり、いよいよ後半戦です。第一話でいなくなったきりの彼が再登場の予感。「ボケ姫」「野良犬」と呼び合うツンデレカップルの行方、異端であることの発覚を怖れる兄妹の運命、一万二千年の過去と現在、現在と来るべき未来との関わりが気になるところです。
もうストリーミングで見ている場合じゃないな、とか、DVDが全巻発売されているのにどうしてDVD-BOXがないのだろう、とか、DVD-BOXを見つけたと思ったらパッケージに書かれているのがタイ文字でやっばいやっばい、とか、いろんなことを考えつつ、きっと近日中に最終話まで見終えると思います。

あんまりおもしろいとサブストーリイとか構成したくなっちゃうんだよねえ。本業と工程は同じなんだけど、先ず本業に励みませんとね。
「永遠」は信用ならないけれど、「一億と二千年」にはほのかな信憑性を感じる不思議を思いつつ、本日はここまで。


【今日のちょっぴり憂鬱】
靴下を履かなければならない季節がやってきた……。


エンピツユニオン


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