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なんのことやら(くすくす)

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2011年05月10日(火)
5月10日。

あらためましてこんばんは、ダラした雪です。

だらー。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

5/10ですね。…。

いまだにわたし、あの日(5/15)、宝仙寺に行けばよかったの?
でもでも、「ぜったいにぜったいにぜーーーったいに」(←ものすごい強調)行きたくなかったのよう!
と葛藤いたしますわ。…。
遠方の方にしてみれば、軽く(!ほんと軽く)行けるキョリだっただけでも、恵まれている環境でしょうにねぇ。
(当時の自宅から、地下鉄で1時間もかかりませんでした)
ついでに言えば、すみません、当日ショックでシゴト、休みました(!)
なのでどう考えても余裕で行けた状況だったり。
それでも行かなかった、と。

どうも、「行ったら負けだと思ってた(る)」のですよね(くす…)
でも思い出しては葛藤だけする、と。ヤなオンナですみませーん。

いちおう弔電は打ったのですけどね。
がんばって打っただけ、よかったかも?と自分をなぐさめたり…???

わたしったら当時(も今も?/こら)おこちゃまでひっきー炸裂orzだったもので、弔電自体が人生初で。
あまり、満足のいくものは送れなかったなー、といまさら自己嫌悪だったりorz
当時は電話での応対にも慣れていませんでしたし、NTTさんも、(当時は、か、その担当者が、かわかりませんが)
かなり高飛車でしたし。
もっともっと、せめて弔電くらいは、思いのたけをお送りしたかったな、と、いまさら後悔したり。

でもいまでも、どうにもあの宝仙寺の行列には並ばなくてよかったと思うココロが。ごめんなさーい。

とは言っても。
自分の父親が亡くなったときより衝撃だったのは、(世間的にはおもいきりダメかも知れませんけど)
真実だったりいたしますわ。
しょうじき、この世の終わりかと思いましたもん。

でも、わたしは生きながらえている。
これ、ものすごく矛盾ー。
こんなニートでゴク○ブシなんて、さっさとこの世から消えればいいのにねー(本音炸裂)。

まあ、いいヒトほど早死にする、というアレですか。ホホホホホ。
(それを言ったらわたしなんて、100歳越えもばっちりですね/くすくす)

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

あいかわらず、頭痛は継続中です。
ついでに言えば、食欲もなく。
わーい体重がー。
ひさしぶりに46台ーきゃっほー(こらー)

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

そんなこんなで。

あしたも、ゆっくりいたします。
ではきょうはこのへんで。
おやすみなさいませ。