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441 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 00:58 >>437 「釈迦に「正法を説くもの在家より(三千年後に)現る」と予言せしめ、 イエスに「真理のみ霊世に下りて汝等に真理を述べん」等と申させしも、 このことあるをかまえて申させしよ。」 (昭和34年5月15日神示)
世界真光文明教団がなぜ、「真光の業」と呼ぶ「手かざし」を売り物にして いるかといえば、要するに世界救世教の手かざしによる浄霊がヒントになっ ていたわけである。 そのことを伏せているについては、当然訳があろう。それが「真光の業」は 神から人類が賜った霊光であり、キリスト教の聖書にある「神は光なり」と の教説を証明する霊術や、仏教でいう「無量光」と同じというのである。
そして宇宙創造の唯一絶対神たる「主の神」は、それまではこの「真光の業」 を大聖者であるイエスや釈迦にしか許していなかった。それを岡田光玉初代 教え主は許されたというわけである。 ところが、自らをイエスや釈迦と同列に引き立てる道具ともいうべき「真光 の業」が「救世教から学んだ(パクリ)」というのでは、ありがた味が失せてしまうか らだ。 新興宗教の正体 P44、45 早川和廣 あっぷる出版社
442 名前:ジサクジエーンしなけりゃスレの方向を変えられないと思ってる椰子 投稿日:03/07/15 00:59
=宗教の限界を感じちゃってる椰子
443 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 01:05 >>437 君さあ、下の茂吉の教示を読んでみたら?
http://homepage1.nifty.com/kuramoto/mokichi-index.html
真光でおなじみの教えばかりだよね。というか、全て真光に流用されている。 光玉が救世教の教えを貰ったなら、そう言えばいいんだよ。何で隠すのかねえ。 茂吉は親宗教の事を述べるに躊躇しなかったそうだ。 真光の言うような「宗教研究」なんていう失笑ものの言い訳はしない。
444 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 01:12 >>437 ゴーダマ・シッダールタ。(釈迦) 今から、約2600年前にインドの釈迦国に王子として生まれた。やがて 結婚し30歳になった時、跡取り息子が生まれたので出家し、6年間の 修行の後、菩提樹下で「悟り」を開き、仏教を起こした。
東洋を中心に仏教が世界宗教になっているのは、「自分の内を見つめる」 と言う内省的な部分を、もっているからなのかも知れない。 つまり、「個人としての幸福」を求めながら、「組織や社会、国家の成功 をも大切にする」と言う二つの思想がうまく入っているからであろう。
ブッタは今から約2600年前に生まれたとすると、真光の「神示」では 3000年後に光玉がメシアとなる予言、しかし実際は400年のズレが あり「神示」の信憑性が低いと考える。
445 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 01:18 >>437 >受け売りの情報で批判している君へ
自分が一番受け売りでやってるくせによく言う。 ちょっと鋭い指摘を受けたら教団が正式見解を出してないので分からないと逃げる。 最初から私見だと前置きして逃げられる体勢を作ってのレスでは無責任も甚だしい。 逆に言うと、源伸のレスには私見以上の価値もないという事だ。
446 名前:トルコ ◆1Np/JJBAYQ 投稿日:03/07/15 01:19 ♪ケンカをやめて〜
竹内まりあのほうがよっぽどいいこと言ってるな
447 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 01:24 >>446 降りかかってきた火の粉は払うしかあるまい
448 名前:トルコ ◆1Np/JJBAYQ 投稿日:03/07/15 01:25 火のないところで焼き芋は作れませんよ
プ〜〜
あ、失礼…
449 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 01:26 >>417 >A2.写真を撮ることもしませんね。びっくりしたのと、どうせすぐに消える > と思ったからでしょう。
人間の心理として消えるとわかっているのなら、なおさら証拠写真を撮りた いと思うが。自分の顔、自分の部屋だとわかるように写真を数枚撮影して証 拠として残すぞ、ましてや3人もいたのだから1人ぐらい証拠を残すと言い そうなものだが。 つまり、金粉事件はビックリはしたがは作り話か、錯覚だったのだ。 組み手は何故すぐ嘘とわかる見え透いた話を信じたがるんだ。 どうしてなんだろう? なぜなんだろう?
450 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 01:50 >>449 そうあって欲しいと言う願望が記憶を創るのじゃないか? 金粉も降るしマイクロチップ埋め込みにグレイもやってくるさ、人間はそう言う生き物だと思う。 それをあながち嘘とは扱えないが、例えば光の反射に対する純粋な物理的反応と視覚野の処理と記録、つまり記憶とは残存であって社会性において共有される実質と同等に語れない事を普通の人は自然に認識して営んでる。 でも真光ではそれを並列させる事に重きを置くから現実と軋轢が絶えない。成熟もしない。
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