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1986年06月14日(土) a

471 名前:組み手ですが。。。 投稿日:03/07/15 23:03
>>440
Q.今まで何回も擁護派にスルーされ続けた、教えの矛盾に対して
反証してもらいましょうか。
真光が本物であるなら、何故、真光の教えの根幹となる神示と新宗教
辞典の記述に矛盾があるのは何故ですか?

<参考>
1.新宗教事典 H2.3.10初版 発行:弘文堂
 世界真光文明教団、岡田良一立教 「475頁」
「世界救世教の支部長」をしていた光玉は、昭和34年(1959)、五日間の高熱
 から覚めると「天の時到れるなり。起て、光玉と名のれ。手をかざせ。
 厳しき世となるべし」との神示を受け、L・H陽光子友乃会を設立して活動を
 開始、翌年宗教法人となった。
参考文献 「2」新宗教事典 H2.3.10初版 発行:弘文堂

2「釈迦に「正法を説くもの在家より(三千年後に)現る」と予言せしめ、
 イエスに「真理のみ霊世に下りて汝等に真理を述べん」等と申させしも、
 このことあるをかまえて申させしよ。」 (昭和34年5月15日神示)

3新宗教辞典では光玉は、真光文明教団を立教する前、「世界救世教に所属」
 していた。 真光の「神示」には、ブッタの死後3000年後に救世主が、
「宗教の素人」から現れ、その人物が初代教え主岡田光玉だと言う。
しかし光玉は宗教の素人ではありえず、ブッタ説に矛盾を生じた、これで
真光の教えは根幹から信用できないものとなった。

★★★
A1.経歴の件は解釈の違いという方が実態に近いかも知れませんね。



472 名前:組み手ですが。。。 投稿日:03/07/15 23:04
A1.経歴の件は解釈の違いという方が実態に近いかも知れませんね。

【その1】岡田光玉師に神示が降りた時期、最初の手かざしの時期
昭和34年の立教時だという説と、終戦直後だという説とがございます。
昭和48年頃、教団発行(陽光文明研究会)の「生と死」では、後者が記述されて
おります。
最近の八坂東明氏の著書「最後の天の岩戸開き」(リヨン社)でも、後者について
詳しく書かれております。

要するに終戦直後に、「手をかざせ!」という姿無き声を聞いて手をかざしたら
奇跡が次々に起こって、びっくりした岡田師は謎を解明する為に必死で心霊科学
から宗教や超心理学等の研究に参入されたそうです。(八坂氏の著書より)

その時期に色々な教団を訪れて勉強もされたようですので、それらの教団の中には
「真光は自分とこの教えを真似した」と批判しておられるところもあるようです。
なお批判派各位もそれらの教団からの情報を信じてしまった方が多いようですね。

【その2】在家より救世主が現れるという話
お釈迦様が預言されたそうですが、在家という言葉の解釈にまつわる批判もあります。
�ー甓爐猟鏤劼任呂覆ぁ�出家した僧ではないの意味。
�⊇ゞ気離廛蹐任呂覆い琉嫐�。

�,琉嫐�では、岡田師は明らかにYESでしょう。
�△琉嫐�では、昭和34年の立教時点には色々な宗教を研究済みであったようですので
宗教研究家クラスだったのかもしれません。
その辺りを批判のネタにされる方々も多いようです。

【その1】とも関連しますが、初めて「手をかざせ」という姿無き声を聞いて手を
かざした時期が終戦直後であれば、その時点ではまさしくYESになります。
その時の岡田師の身分は「倒産した会社の社長」でしたので、まさに宗教の素人でした。




473 名前:組み手ですが。。。 投稿日:03/07/15 23:20
>>443 さんへ
>君さあ、下の茂吉の教示を読んでみたら?
>
>http://homepage1.nifty.com/kuramoto/mokichi-index.html
>
>真光でおなじみの教えばかりだよね。というか、全て真光に流用されている。
>光玉が救世教の教えを貰ったなら、そう言えばいいんだよ。何で隠すのかねえ。
>茂吉は親宗教の事を述べるに躊躇しなかったそうだ。
>真光の言うような「宗教研究」なんていう失笑ものの言い訳はしない。

君も御聖言を読んでみましょう。
同根であれば、共通の教えが多いのは当然でしょう。
天意の転換と、憑依霊の実在を万人に悟らしめる真光の業が
特徴だと存じます。

救世教の上級幹部であれば、御聖言を最初から最後まで読んで、
人知で書かれたものか、同根の神様からの神示かは分かるはずですが。
宗教研究家が書ける程度の内容であれば、何年もの間の神示の論理の
一貫性や文体の一貫性などからバレルものですよ。

因みに詩人の加藤郁○氏は御聖言の言葉の使い回し、格調の高さ、等々を
絶賛されて永き組み手です。



474 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 23:22
 天地一切神の声
 昭和34年2月27日 午前5時 神示

 (前略)天の時到れるなり。起て、光玉と名のれ。

という神示が降りる前に

>色々な教団を訪れて勉強もされたよう

だったのね(w
シンプルに考えればやっぱり在家ではなかったということじゃない。



475 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 23:29
>>474
一生懸命考えないと在家ということに出来ないわけで。


476 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/15 23:40
>憑依霊の実在を万人に悟らしめる

立教40年以上経っても一向にその気配はないようですが。


477 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/16 00:13
>>472
1 真光では、「正しい教えを説く者が、私の死後3000年たってから在家の
中から(宗教に対する素人の中から)現れる。(神示)この預言は「真光の
研修」の中で紹介されており、光玉氏がその人物であり、宗教的経験を持た
ずして神から使命を与えられた人、とされている。

2 つまり真光では「救世主」は「宗教の素人」という意味。宗教の素「正法」
が降ろされるという預言にしたがい、岡田光玉という「宗教の素人」に「神示
」が降りたと説明されている。この「神示」は仏教を通してたものではなく、
あくまで「主神」から光玉に「直接」神示(正法)が降ろされたとしているの
で。仏教(在家)と結びつけるはあまり意味がない。真光は、釈迦が「神示」
にあるような予言をしたと言う「証拠」を一度も示していないからだ。

3さらに真光は、初代岡田光玉は、真光立教以前に宗教の素人であったと主張
しているが。新宗教辞典には「世界救世教の支部長」をしていたと記述してあ
る。以前浄霊教団の方が、光玉氏は終戦後埼玉県下の救世教に身を寄せて「救
世教で手かざし」をしており、最後には救世教の支部長となったが、救世教で
は光玉氏に対して、「霊を浮かせる様」な行動は禁止していたが、守らなかっ
たことと女性が悲鳴をあげる様な場所を触ったを理由に救世教を「解雇」にな
った。その後二年間は一般信者として教団に在籍していた。この間10年間救
世に在籍していたことになる。つまり、宗教をかじった程度ではあり得ない、
この事実からどこか光玉氏が宗教の素人と言えるのだろうか?
神示と矛盾が生じ、真光の根幹の信憑性が無くなるのである。

4、またブッタは約2600年前にこの世に誕生しており、真光の神示があ
ったの昭和34年(1959年)に救世主が現れた。
仮に、真光が主張するように「ブッタの預言」が本物だとしても、3000年
後の、2359年に救世主が現れることになり。「神示」と「ブッタの預言」
が矛盾が生じ真光の根幹の信憑性が無くなるのである。



478 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/16 00:16
>>473
>同根であれば、共通の教えが多いのは当然でしょう。

真似したと考えるほうがいたってふつうだと思うけど....


479 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/16 00:44
>>472
>「真光は自分とこの教えを真似した」と批判しておられるところもあるようです。

誰が見てもその通りじゃん、第一生命の川柳をパクッた、綾小路君麻呂君と同
じレベルってか?


480 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/07/16 06:37
>472
>A1.経歴の件は解釈の違いという方が実態に近いかも知れませんね。
>【その1】岡田光玉師に神示が降りた時期、最初の手かざしの時期
>昭和34年の立教時だという説と、終戦直後だという説とがございます。
>昭和48年頃、教団発行(陽光文明研究会)の「生と死」では、後者が記述されて
>おります。
>最近の八坂東明氏の著書「最後の天の岩戸開き」(リヨン社)でも、後者につい
>て詳しく書かれております。
>要するに終戦直後に、「手をかざせ!」という姿無き声を聞いて手をかざしたら
>奇跡が次々に起こって、びっくりした岡田師は謎を解明する為に必死で心霊科学
>から宗教や超心理学等の研究に参入されたそうです。(八坂氏の著書より)

終戦直後に「神示」が降り手をかざせと言った説は可笑しいですね。やはり昭和34
年2月27日に神示が降りたと考えることが、誰が見ても納得できる回答ではないか。
神示にもそう書いてあるではないか。

「光玉」という名前は、「御聖言」によれば1959年(昭和34年)2月27日に「神示」
によって神から授けられた名前のはずであるが、実際は世界救世教時代に「光玉先
生」と呼ばせていた。また、このことは下記の神示と「矛盾」している。
真光の「御聖言」の信憑性が疑われる。

<参考>
「神理のみたま、・・・天の時到れるなり。起て、光玉と名のれ。手をかざせ。
 厳しき世となるべし。」(昭和34年2月27日神示)



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