浅間日記

2006年01月06日(金) 綱吉公の生き様

言うまでもなく、戌年である。

正月明け、家に戻る列車の中でのこと。
向かい側の乗客が、憚ることなく、
イヌをゲージから出して、膝に乗せているのに驚いた。
もちろん、盲導犬の類ではない。

愛玩動物の行方は果てしない。
うかつに「このイヌはですね」などと言おうものなら、
多分、怒られてしまうのだろう。

*

南部曲屋は、馬と同居する建築様式で、
そしてその遠野の地の「オシラサマ」の物語は、
少女と馬の恋物語である。

牛方と山姥の牛方が、まっすぐ逃げずに、
わざわざ危険をおかしてまで山姥をこらしめるのは、
喰われてしまった牛の敵討ちなんである。

こんなふうに、日本人は昔から、動物との関係に、
深い情を伴った関係をもつ傾向があった。
「命令」がコミュニケーションの中心である欧米の動物との関係とは、
もともとちょっと違うものをもっていたという気がする。

では何故、現代版のそれには我慢ならないのか、二晩ほど考えた。

*

一つには、日本型の関係と欧米型の関係が混在している傾向がある点。
どっちつかずで混乱しているんである。

二つには、第三者にその愛情を強要しがちな傾向。
私は「ここには動物はいないでほしい」と主張する権利を維持したい。

最後に、今のところもっとも違和感を感じてしまう点。
その対象が、人間だろうが犬だろうが猫だろうが、
愛玩を目的とした関係を必要とする、その生き方である。

2005年01月06日(木) コドモ銀行券の品格


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