ちょっと前に気合いを入れて2階の模様替えをした。 ベッドの向きを180度変えて、ベッドサイドにAmazon Echo。 テレビはFireTVとDVDだけつないでベッドとは反対側へ。 電源はスマートプラグ付けてコンセントカバー設置。←言わずもがな猫対策。
もっと早くこの配置にしておけばよかったと思うくらい快適。
あと旦那のベッドサイドにはワイヤレスの呼び出しチャイム。 そろそろ見守りモニターも必要かもしれんね。
ふと思い出す。 うちの父は60代半ばで脳内出血での左半身麻痺だったけど、私と暮らしている間は毎朝新聞を隅から隅まで読むのが日課だった。 通所リハビリにも通い、ない日は電動カートで運動公園までリハビリにでかけウォーキングのトレーニングを欠かさなかった。 帰宅したら昼寝をし、目覚めれば新聞の中でわからなかった言葉や内容を辞書でひいて書き留め、辞書にない言葉や内容は私に質問してきた。 それから好きな歴史モノの小説を読み、読み終えたらまた次の本を新聞の書評で探しては私に購入を依頼する。 息子は爺ちゃんになつき、犬とも仲良くして気晴らしもできていた。メンタル管理は完璧だった。障害者+老いの対策は順調だったし問題なかった。最後に会ったのは75歳のとき。私たちが不在にしていた間に、兄がうちから家財一式と共に両親を連れ去っていってからは知らんけど。
うちの旦那は79歳になる。あの頃の父よりもっと歳を取った。 不自由なのは上肢のみだけど、下肢も今年受けた静脈瘤手術の予後が悪く弱っている。
それがどうにも受け入れられないのかメンタル弱いのか、というより元々の性格なんだが「かっこよくてなんでもできた俺」じゃない今が激しく耐えられないでいる。だから老いが苦痛で屈辱で辛いものでしかないのだろうと、見ていて感じる。
二言目にはかまってちゃんになり、酒に逃げたがり、死ぬ死ぬ詐欺が始まる。 褒めても慰めても励ましてもそっとしても強く言っても何も変わらない。
同じように手厚く介助し見守っても、こんなふうに違うのだなと改めて思う。
ただ、二人とも優しい。 私に感謝の言葉をかける。
別に感謝されたくてやっているんじゃない。 家族だからとかそういうものでもない。 私はいつも目の前の「課題」から逃げたくないし、それをクリアしようとしているだけだ。
兄は私の課題を取り上げた。 自分が私のようにできると思ったに違いない。 父母がどう思ったか知らない。知らないが彼に「従うことを選択」したのだから私にはどうすることもできないし、仕方が無い。 なのでそれ以降のことは私の知ったことではない。 そしてそれきり父母の老後は私の課題ではなくなったので、兄が最後まで自分の責任で全うしたことだろう。
今の夫は私の目下の課題だ。 父とはタイプの違う課題ではあるが、私は粛々と対処する。 たまに自分で自分を滑稽に思ってしまうが、ここに息子がいなくて良かった、彼の心身を煩わせることがなくて良かったと、それだけをありがたく思う。
近所のおじいさんは、おばあさんの下の世話も掃除も洗濯も料理も何もかも、自分も不自由な体でそれはひたすら頑張ってきたらしい。
私はまだ心身共にヘルパーとしての体力も余裕もある。 そしてまだ彼は24時間監視が必要な状況でもない。 食事を用意していれば自分で盛大にこぼしながらでも食べられるし、盛大に汚しながらもトイレやシャワーも一人で使用できる。
私が数時間外出しても、帰宅して掃除洗濯片付けをすればいいだけのこと。
そう、これがあと3年続いたら考えよう。 子供が小さかったときの夜泣き問題のように。 あと3年続いたら近所のおじいさんに聞いてみよう。 それまでは何事もなかったかのように、ただ衰え壊れゆく彼を、幼児期の息子を見守るかのようにただただお世話し続けるのだ。←結婚式をしていないので私は神の御前で永遠の愛など何も誓っておりませんが、バカボンのパパの如く「これでいいのだ」と思っているのですよ。
だがしかし、 私の安息地も必要なので、2階に快適居住空間を作ったというわけであります。
いうても私、苦行マニアじゃないんでね☆
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