Dynamite徒然草
Dynamite徒然草

2013年06月04日(火) 省みる。

先日
お気に入りでよく閲覧している

「ゲイです、ほぼ夫婦です」
のブログ主であるところの
歌川たいじさんの最新刊「母さんがどんなに僕を嫌いでも」を読みました


昔からいわゆる「おかま」と自称する方々に関心があり
独身時代には
そんな彼(彼女?)らがやっているお店などにも
よく飲みに行ってました

商売柄、当然のように楽しさや毒舌を駆使した笑いを提供してくれる彼らですが
そこに至るまでの日々や
現在でも
様々な葛藤や偏見や軋轢や内紛と
日々抗ったり折り合いをつけてみたりと
ほんとうに狂おしい時を積み重ねてきているだろうことは
想像に難くありません

さて
歌川さんは「ゲイ」という性的少数者を公言しておられ
ブログでは相方のツレちゃんやお友達との
理解と愛情に包まれたドタバタな日々を楽しく綴っているわけですが

想像すれば当然
その道程が平坦ではなかったことくらい
承知しておりましたけれども

根本が違っていました。
同性愛がどうこうって段階以前の

なんといいましょうか
子を守る存在であるはずの「母」から受けた
虐待の過去が描かれており。

・・・

切なさいっぱいで
読み終え本を閉じたとたん
歌川さんの母はひどい
だけど支えになる人たちとの出会いがあってよかった
乗り越えた彼は素晴らしい
理解し許すなんてなかなかできないこと...

という
順当な読後感が
突如として
かき乱されるのを感じました


「お前はそうじゃないだろうな」
という
私の中の私が
囁いて笑い
逃げていったのです


・・・・・。


あらためまして歌川さんの本のタイトル

「母さんがどんなに僕を嫌いでも」


私は現在この「母さん」と呼ばれる側です


つまり
自分がこっち側になると
自分のこれまでの
「母として」の日々や言動、一挙手一投足が
洪水のように思い出され


ぅあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあのときなんであんなこと言っちゃったんだろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


・・・とか


っくーーーーっっっどうしてあのときあんなことしちゃったんだろーーーーーっっっっ!!!!!

・・・とか


ったーーーぁっあのときこうしていればよかったーーーっっっ!!!!!!!


・・・などと
思うことばっかりで
申し訳なさと嘆かわしさに
溺れてしまいそうになりました


正直いって
一度たりとも息子に手を上げていないなんて
残念なから言えません


どうしてこんなことができないのと
当たり散らしたこともあります

教科書を投げつけてしまったこともあります

いつまでも言い続けなくてもいい文句を言い続けたこともあります


そして後悔しては
こんなことではいけないと
方法を模索する日々でした
いつもニコニコ笑顔ではなく

息子が昔書いた絵のように
悪魔と天使が一対となった母ちゃんです


現在中2の彼に
懺悔半分で聞けば

「あー? んなこともあったっけね。でもさ、俺が悪かったりしたけん怒らしたっちゃろ? 仕方ないっちゃない?」


・・・実に大人です。


こんな愚かしい私ですが
それでもいつもいつも思います

叱責と怒りの違い
強制と導きの違い


ここはこうするべきだろうと理性では思いつつも
怒りやその他のストレスが先立って
ぶちまけるように責めたてるように追い詰めるかのように
不快感を全身にまとって叱ってしまう

そしてそのストレスの根源の大半は子供が私に与えたものではなくて
自分がそれを処理しきれずにご丁寧に育ててしまったもの

誰のせいでもない
自分が処理できず育てたストレスのくせに


そして
夜になると
寝るときまでひきずってほしくないから(というか私の反省と謝罪の意味から)幼稚園まではぎゅうって抱っこして遊んでから楽しいお話してから寝かせ
小学生になってからは
ぬいぐるみとパペットで、漫才やったりショートコントやって笑わせて寝かせるようにした
(※家庭内パペットマペット)

彼の人格形成のすべての責任を
一手に背負っているかのような重圧感がものすごくあるのに
やっぱり私はまだまだ
叱ると導くと甘やかすの使い方が上手くない


でも、嘆こうが騒ごうが私は母親なので
息子と一緒に育つしかなく
息子と一緒に育ってきた


今や息子は
昔であれば元服を迎える頃であります

もうね
息子が風呂からあがって体拭いてる姿なんて直視しずらいくらい男です

彼には彼の人生の切り開き方や生き抜き方があると
腹をくくって見守る決意をしている次第

離れていて昨年一年は
内心それはそれはハラハラのし通しでしたが

今後は
お互い一人の人間として
助言やサポートを「し合える」間柄になれればいいなと


産んだ責任
しっかり果たさなければと
やきもきしつつも

そう思い悩む私と同様
彼もまた一つの「思惟」に生きる

彼を育むのはこれからも無数に待ち受ける失敗や妨害や挫折
それらを経験し乗り越えて学んでゆかなければならないのは彼自身


学ぶ方法もまた私とは違うはずで
学んで得るものも向かう方向も私とは違う


なんていうか
自分が理想的な夢のような聖母のような完璧な母ではないことを
自分が一番誰よりも知っており
どこかに罪悪感を抱いているので


私の中の私が
「お前も度合いは違えど似たようなものだ」と
悪魔のように囁いて
消えていったのかもしれません


自信たっぷりに子育てなんてできないし
なりたくてもなりたくても
聖母になんてなれずに
苦しむ日々もあったけれど

子供にはその親しかいないから
順応していくしかない


息子にとって私は
しょっぱなからいきなり登場したラスボスであり
ラスボスだが母であるという
奇妙な運命なわけだけれども


「ま、俺はかーちゃんが俺のかーちゃんで良かったと思うよ」

息子は歯の浮くような言葉を言ってくれる

そして

「でさ、ものは相談やけど小遣い足りんくなったけんもーちょびっとだけ助けてほしいっちゃけど。できる範囲でいいけん」とくる


甘い囁きの後におねだりて.....

お前はホストかっっっ!(`o´)っ

とツッコむ

「ちぇ、ダメか。まいいや、あとでとーちゃんの機嫌のいい時ににねだろ」

と笑って去る



ちょっと
私の中の悪魔さん
私たちって、まあまあうまくやってるんじゃないの
(それは息子のおかげだろ)
そんなに責めんでよ
そりゃあ成績優秀で人気者で生徒会長で人望もあって女子にモテモテで友達大勢に囲まれてスポーツ万能で超イケメンには育てられませんでした。本当に申し訳ありません。ゲームもマンガも好きだし勉強大変そうだし大阪きたらオタロードとかいっちゃってます。

でもね
いい子!!!!!
(それがお前の手柄ではないことを肝に銘じろ)

私に耐えてよく頑張った

ひとえに息子の優しさ故とは存じますが
また日々反省しつつ
彼の毒にならぬよう
サポートしていく所存です
(そして同じ事を繰り返す)
わかってるって

自分がダメなこと知ってるから反省する道も知ってるんですよ


そしてもうひとつ
虐待は連鎖しない
連鎖しないことを
知りました

虐待するほうは罪だけど
される側には罪はないのだから
「連鎖する」という呪縛や偏見は間違いだと
理解しました

様々な読み方ができると思います

私には戒めの書でもありました

私は物心ついた頃より一身内からの暴言が日常化されており
おまけに数年前からは旦那身内の一部からも罵詈雑言
慣れてしまったついでに諦めてはいても
向こうがいつまでたっても敵対心むき出しなので
歩み寄ることはたぶん一生無理です

ここでもまた聖母になれない私が存在していますが
敵意むき出しの相手に歩み寄ろうなんて犠牲的精神は
私にはナッシング♪


暴言の連鎖しつつあったことだけは反省して戒めます、はい


お後はよろしくありませんが
では胯www


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