昨日、福岡県内のホームセンター横を通りかかったついでに ティッシュペーパーがなかったので買おうと立ち寄った
店から出てくる人が 皆一様にトイレットペーパーをいくつもいくつも持って出てくる
....???
店内に入る
米がない
カップ麺が入口に置いてあり お一人様2個までと書かれている
.....。
私はティッシュペーパーの5個入りを一つ取り レジに向かう
他の人のカートの中は 複数のトイレットペーパーとカップ麺とミネラルウォーター
明日は我が身と思っているのか それとも被災地に送る気か それともまたどこかでこれを集めてくださいと呼びかけているバカがいるのか...
オイルショックの頃を思い出すと父が言う みんなパニックになっとった、と
なんだ 昔と何も変わっていないのかこの国は
昨日は旦那から なんでもいいから衣類を段ボールに詰めておいてと言われた 「被災地で服が足りないんだって。着る物がないんだって」 どうやらそれを送るという人が声をかけてきたらしい
私は質問する
詰めてってどんなふうに? 分類は?サイズは?衣類の種類分けはしなくていいの? 分け方は? そして 誰が どのような手段で どこに 送るの?
道路は? ガソリンは? 宿泊先は? 食料は? 受け入れ先は?
....ここまで言うと
(そんなことを言っていたら何もできないじゃないか。心配して何かしようとしているのに。善意を踏みにじるのか)
そう言いたげな旦那は黙る。
やがて わかった ちょっと待って と 少し冷静になってくれた
.....。
私はいつも 冷たい、だとか 強い などと言われる
別に構わない
自分の子供や実の親が血だらけでも騒がない まずは止血をして受け入れてくれる病院を探し、受け入れ体勢を確認し、必要なものを揃えて自分で運転して運ぶ
地震が起きたときもそうだった 「状況把握と今、自分がなすべきこと」を淡々と黙々と進めていく
人から自分がどう思われようと知ったことではない
子供ならいざ知らず 大人が騒いで何になる? 騒ぐのは「自分でしたくないから誰かして」という放棄の表現か? 騒ぐのは「私はこんなに思いやりがあって優しいんですよ」というパフォーマンスか?
・・・旦那には、止める私がいる。
騒ぐ人、感情的になる人はそういう性分だから仕方がないと思うが 度が過ぎるとそれは 二次災害になる
騒ぎの連鎖が必ず起きる 余計に世の中が混乱する 余計に不安を煽る
・・・・。
対岸で火事がおきる 対岸の人が悲鳴をあげ 対岸の人が火を消そうとしている
対岸へ渡るすべはない
対岸の騒ぎを望遠鏡でみている 悲しくなる 辛くなる 何も出来ないことでいらだちはじめる
火を消そうとしている人が失敗する 罵声をあびせる 早くしろよと対岸で怒鳴る 何やってんだと罵る 火を消そうと必死な人々に 対岸から批判を繰り返す
あんな消し方じゃだめだ 何やってんだ だいたい最初の連絡が遅いんだ 燃えてるじゃないか 助けてやれよ もっと水もってこいよ
対岸で罵る、罵る、罵る
それをテレビが延々と放送し 見ている人までが罵りはじめる
だいたい何で火事になるような家を建てるんだ 火事になったときの対策は立ててなかったのか 責任者は誰だ
対岸で罵る
地獄で闘う人を罵る 何やってんだ もっとこうしろ 無能なやつらだ なんで消せないんだ はやく消せよ こっちまで火がくるだろが...
・・・・。
人の本性が露呈する有事。
私は優しい人なんて思われるよりも 冷静な心強い人でありたい。
・・・・。
今朝、仙台の叔母と連絡がついた 母が電話したらやっと繋がったとものすごく安堵していた 津波の被害はなく鉄筋コンクリートのマンションだったので 建物の被害もなく家財が多少落下しただけで 息子も無事とのこと
食料もあり、電気もガスもつくから 大丈夫よ、安心してと言われたそうだ
大変だったらこっちに避難しておいでねと伝えたら そっちまで行く手段のほうが大変よと笑ったそうだ
町がいくつか離れただけで 建物の構造が違うだけで 天地の差が生まれる災害
復興を願い 見守り励まし 悪戯に騒がず 今の生活を見直し 救助活動に迷惑のかからない冷静な支援を計画的、継続的に続ける
今必要なのは有事における銃後の守り そして
銃後の祈り。
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