| 2006年08月22日(火) |
毎年、忘れがちなこと |
今日は、8月22日。サイト開設6周年です。 と言っても、ほぼ凍結というか、塩漬け状態になっているので 6周年ということに、どれだけの意味があるのか、自分でもよくわかりません。
サイトを立ち上げた頃のことを、思うと、いろいろあるのですが ここが原点かな、とは、思います。
知人に言われたことがあるのですが #ある選手を好きになると、その選手の行き先を追いかけていく# というのが、女性に多いパターンだそうで・・・。 まあ、そういう風に、決めつけちゃうのも、どうかと思いますけどね・・・。
青木剛という選手に、彼の高校時代に出会った私は 育英を卒業して鹿島に入った1年目に限っては、追いかけていた・・・ようにも見えるけど ・・・あの年は、ユース代表もあったので、特別なのかもしれない・・・ 結果的に、定点観測のごとく、育英を追い続けることになっている。
青木剛という選手に出会わなければ、私が育英を追いかけることは、なかったと思うし そこが、私にとっての原点、というのは、確かなことなのかな、と思う。
6年前と現在では、周囲の状況が変化している。 なにより、高崎にグランドができたこと。 チームが学校内から、外へ出てきた→グランド入り浸りが可能になってしまった。 育英高崎グランドは、思いのほか、オープンなのです。たぶん、私が、部外者では、一番グランドに通ってるはず(笑)
プリンスリーグのおかげで、レベルの高い試合を間近で見られる機会が増えた。 ・・・その結果、私は、かなり遠方まで、平気で遠征することになっちゃったけど(笑)
だって、7年前には、#太田で試合!どうしたらいい?#なんて言ってたんですよ、私。 遠征の最初は、2000年8月の韮崎@国体関東ブロック大会。 どうしても、見たくて、韮崎に行ってから、自分で行けるぞ、と思うようになった。 そして、年が明けて、2001年1月の御殿場に行けてから、#怖いもの無し#状態(笑) 2001年の2月に初めて鹿島に行って、夏までは、月に一度くらい鹿島に行った。 その年は、ユース代表の合宿があったから、御殿場や熱海に行った。
自分で遠くに出かけるようになったのは、青木剛(すみません、敬称略で)を見るため。
でも、状況は、変わる。 2002年くらいから、私は、明らかに#定点観測状態#になっていく。 高校年代のサッカーは、毎年選手が入れ替わる反面、毎年魅力的な選手に出会ってしまう。 私にとって、育英というチームは、私にとって魅力のある選手が・・・言葉は変だけど・・・ まるで、湧き出てくるような、そんなチームになっている。
追っかけるのは、もう止めようかな、と思ったことも、ある。 でも、どうしてもできないわけじゃないなら、できる限りやってみたい。 今のところ、なんとか、大丈夫なので、追っかけよう、と(笑)
そんなわけで、サイト6周年とは、ちょっと外れたような感じになったかな(笑)
ここを含めて、私の書いているものを読んでくださっている方々へ
この先も、同じようなことを続けていくと思いますが これからも、よろしくお願いします。
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