散歩 - 2003年05月03日(土) 犬に急かされて、日暮れ時に弟と散歩に出た。連休1日目、まだ苗の入っていない水田はひたひたと潤って隣町の山影と夕陽を映している。かすれたような茜と紫、太陽を抱いた清涼な水の鏡、冷んやりした風が吹いて微かにさざなみが立つ。秋にはここが見渡す限りの金色に変わるのだ。 「ここで一度だけ、本気で喧嘩したこと、おぼえてる?」 「…おぼえてない」 年の離れたきょうだいは争わないものだけれど、私と弟もその例に漏れず、からかい合う事はあっても諍いの経験はごく少ない。「1人で釣りに行かないでって言ったんだよ。こんなところじゃあなたが川に落ちて叫んでも誰も気付かない、だからお願い、1人では絶対に行かないで、って」 ふうん、と背の高い少年は目線を伏せて面白そうに笑った。 振り返ろうとしない子供の背中を追いかけた、あれは夏の事だった。本当に憶えていないならそれでいい、私の中ではどちらかというと苦い思い出だったから。 大切な人に言葉が届かない事はひどく悲しい、それは相手が子供でもなんら変わりない。お願いわかってと縋る自分を俯瞰すればみっともないと思うのに、他に手立てもなく。 -
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