りとるのひとりごと。
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2006年10月06日(金) 息子も強くなってくれますよう・・・

いじめを苦に自ら命を断つ小学生の話には
何ともやるせない気持ちになった。

私自身、13〜15歳の頃、酷いいじめに耐えていたからだ。

周囲の無視から始まって、遠巻きに私を見ながらヒソヒソ話、
大事なノートが無くなった、と思ったらいつの間にか戻っていて
中を見るとあらゆるページに酷い落書きがされていたり。

学校行事の嫌な当番をクラス全員で私に押し付けたり。

机も、周りの子がなるべく遠ざかるので、
私だけ離れ小島のようになっていた。

私とすれ違ったり目が合ってしまった子は、舌打ちをしながら
「ゲ〜気持ちわりい・・」とつぶやいた。

私と当番が一緒になってしまった子はみんなに同情された。

私は腐った生ゴミのように見られた。

私はここにいちゃいけない人間なのかな・・。
私は誰とも目を合わせちゃいけないのかな・・。

そう思って始終うつむいていた。

担任の先生は1度だけ、私を廊下に呼び出して聞いた。

「具合悪そうだけど、大丈夫?」

「はい。大丈夫です。すみません」
・・私はそう言った。以来先生は私を気にかけなくなった。


家に帰れば両親の不仲、父の愛人の無言電話や嫌がらせで
私はもう疲れきっていた。

父が母を大声で罵倒し、物を投げ、壁を蹴飛ばし、
母はひたすら泣きじゃくる。

電話は夜中中も容赦なく鳴り響く。
勇気を出して出ると大抵は無言かすぐに切れるが、
「父親を出せー!いるのはわかってるんだ、
父親を出せったら出せ!!」と怒鳴られることもあった。

家の中がそんなだし、学校でのいじめのことなんて、
とても親に言える状況じゃなかった。


それでも私は学校を休まなかった。

歯を食いしばって毎日行った。

こんなことで休んで勉強が遅れるのは嫌だった。

当時、この学校は生徒の9割が地元の高校へ進学していた。

私は絶対、残り1割が行く遠くの高校に行きたかった。

みんなと永遠に会わない生活を送りたい。
そのためには必死で勉強するしかない。

死んだり登校拒否したりして、自分の人生を無駄にするなんて、
それこそもったいないと思ったのだ。

あんな子達のために、自分の大切な人生を粗末にはできない。

父に殺意をずっと持っていたときも、
父を殺して自分の人生を無にしてしまうのが嫌だった。



今回、死んでしまった女の子にもそう思って欲しかった。

いじめる子達と、今後ずっと一緒に生きていくわけじゃない。

いじめる子達のために自分の人生、ましてや命を失うなんて、
こんなバカなことはない・・って。

私は必死であの子達から逃げた。逃げるが勝ちってこともある。

高校に行って、私は顔を上げて歩くことができたのだ。

私を見て吐く真似をする子もいない。

同級生で同じ高校に行った子も数人いたが、
みんないじめなんて馬鹿なことをしない子だった。

レベルの低い子たちといるのが嫌なら、
自分のレベルをあげていくしかない。


それでもやっぱり、あの頃の傷は癒えないなあ・・。

本当に辛かったよ・・。
消えてしまいたかった。

みんなきっと綺麗さっぱり忘れているだろうけど。




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