りとるのひとりごと。
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| 2006年04月22日(土) |
試練、試練、また試練・・・。 |
生まれて初めて「保護者」としての参観日。
一人ドキドキ。
授業は無事終わったが、その後待ち受けていたものは・・。
保護者懇談会。
つまり、学級委員&PTA役員決めの会。
昨夜さんざん悩んだあげく、今年は立候補を見送ろうと 思っていた。
母が自殺未遂をして間が無いし、私自身も春特有の いろいろな症状でそれどころではなかったのだ。
立候補する人は誰もおらず、あみだくじで決めることになった。
クラスから3人が選出される。
「ではまず一人目は・・。
りとるさん」
・・・え???
ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!
そう。
役員になっちゃったのだ。
それも、何だかよくわからない委員会の担当に・・。
さらに、その中で一人、代表を決めることになったが、 これまた私が一番不利な「じゃんけん」で・・・。
私がじゃんけんに勝つわけがないじゃないか〜!
ということで。
もちろん、負けたっす。クラス代表になったっす(号泣)。
他の二人は「やった〜〜〜」と小躍りしている。
茫然自失の私。
さらに、学年委員長および副委員長。
これは長も副もやることは同じらしい。 (要は交代でやるだけ)
って、1学年2クラスしかないじゃないかああああ。
責任が重い仕事だったらどうしようと、ついうっかり、 「うちは母子家庭なので、いろいろやることが多いと、 ちゃんとできるか自信が無いのですが・・」と言ってしまった。
すると、もう一つのクラスの委員長が、
「母子家庭だなんて言われると・・ねえ・・」
と、他の人にニヤニヤしながら目配せ。
軽いショックがここでもまた。
言わなきゃ良かった。
もう、涙出そうになった。
なんとか委員会とかいうのの委員と、
学級委員長と、
学年委員長。
一気に3つもの役職を与えられてしまったのだ。
ショックで頭がガンガン痛み出しつつ教室に戻る。
「では委員長さん、あとはよろしく〜」
・・は?
「司会。やってくださーい」
・・へ?
小学校に来るのが20数年ぶりで、 保護者としては生まれて始めての懇談会で、 クラスの中に知り合いは一人もいなくて、 何が何だか分からないのに、いきなり
司会やれだと〜〜〜〜〜〜?
「そんな・・急に・・言われても・・あの・・」
もう頭はパニック状態。
酸素不足かえさ不足か、水面で口をパクパクする鯉みたく、 しゃべろうにも口が動くだけで声が出ない。
見かねた隣の人が、 「今はこうこう、こういう状況だから、 こう言ってこう進めれば良いのよ」と説明してくれた。
うわーじゃあ代わりにやってくれよ〜〜〜。
が、子供じゃないんだからそう言う訳にもいかず。
とりあえず、まんま言われたとおり言ってみた。
何とか懇談会はすんだものの、ショック引きずる引きずる。
懇談の中で、何か相談事はないか先生が聞き、 私は、子供に家の鍵を持たせたいが・・と切り出したところ、
「それは、お母さんが決めてください」
・・そうじゃなくて・・。
「分かりました。大丈夫ですよ、そういう方は 他にもいますから」 とか言って欲しかったのだ。
何だか悪い質問をしてしまったかと恐縮してしまった。
周りは水を打ったようにし〜〜〜〜んとしてるし(涙)
私が何か悪いことした〜?!
帰宅して、夕食の支度をしながら涙が出てきた。
不安と心細さが津波のようにどどーんと押し寄せてきたのだ。
頼りにしたい先生も、一言も声をかけてくれなかった。
にんじんを切りながら涙がポタポタこぼれ落ちた。
背後で遊ぶ息子に悟られまいと嗚咽を必死でこらえたが、 涙は滝のようにあとからあとからあふれて止まらなくなった。
涙でにんじんも包丁も見えなくなった。それでも切った。
肩がぶるぶる震えた。まっすぐ立っていられなかった。
心細くて心細くて、誰かの支えが欲しくて欲しくて。
役員になったことが嫌なんじゃない・・。
それはいつか巡ってくることで、転校でリセットされたとしても いい経験になることは間違いない。
私はもっと、人とのかかわりを増やすよう課題を授けられたのかも しれない。
でも、課題というか試練が次々とくるので、 精神的に参ってきてしまった。
逃げ出したい、でも絶対逃げない。
立ち向かってやる。
不安でたまらない、心細くて泣けてくる。
でも絶対乗り越える。
母はかつてPTAがらみでいじめをうけ、精神科に通った。
私もつらいことが待ち受けているかもしれない。
けど・・きっと何とかなるよね・・。
もっと気楽に、って言われるけど、 私のこの心細さは、分かってもらえないかも・・。
責任感が強すぎってのも、ちょっと問題アリだなあ。
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