創る事とする事は別だ。 創作と言うのは産み出す行為であって、あえて換言するなら「生産」と言える。生産し蓄積し、積み上げていく行為。それを創作という。
何かをする、と言うのは「消費」である。創作によって産み出されたものを使って、何か行為を行う事、それは消費である。つまり、創作物を使用して何か行為を行うだけの行為。その後に何も新たなものを残さない行為。それがここで言う「する」という事だ。
世の中には産み出す人間と使う人間がいる。根っからの消費者には産み出す事は不可能である。ただ使い尽くし、その後には創造は無く破壊と消滅が待っているだけだ。ただ、難しいことはわからないが、今の資本主義は消費という行為に対して価値を与えることで、消費の対象となる商品に価値を与えているらしい。なので、消費されるものが価値のあるものであり、必然的に消費対象を決める消費者の立場が優位となる。
だが、消費は生産ではない。ものは使ったらなくなるのだ。
それはさておき、僕はつくづく自分が「する」側の人間なのだなぁと思う。僕は何かを創造する能力がかなり欠けていると思うのだ。バイクで言うと、乗るか整備するか、の違いである。整備はバイクの製造、維持であり、乗ると言うのはそれを使用する行為であるから、生産と消費の関係にあるだろう。僕は完全に乗る側の人間だ。自分で整備するのは金が無いからであり、あるいは整備に楽しみを見出したとしても、それは二次的なものであり、「乗る」に繋がらない整備には関心があまりない。
なので、資金的に余裕があるならドレスアップも楽しみたいが、まずは乗って楽しいことから手を加えていく。
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