ためになる歴史講座。


 Past : Will 2002年10月22日(火) 


気が付いたら日記のカウンタが5000を回ってました。びっくり。サイトのカウンタが現在15000弱だから、サイトを訪問した人はその3分の1の頻度で日記まで見て下さっているということでしょうか。

今更ながらちょっと恥ずかしいです。

そんなこんなで今日の本題『利家とまつ』
管理人は毎週楽しみにしています。かかさず見てます(ちょっと嘘)
前田利家とまつは、(ネームバリューはさておき)日本史上で相当上位のビッグカップルと言えると思います。豊臣秀吉とおねも捨て難いですけども(笑)

しかし今年の大河ドラマには、それ以上のビッグカップルが潜んでいます。
もうお分かりですね。


織田信長×前田利家

(順序は逆だったかもしれないけど)


信長というと森蘭丸が有名ですが、なんと利家もそうなんです。


戦国時代の武将は女色だけではなく、男色も好んだと言われています。つまり、「両刀使い」。当時の人たちの中では、男色は普通の風俗で、別にやましいこともなければ、非難されることもなかったそうです。

まぁ確かに日本には、中古中世問わずとして『少年愛』は存在していたし。九世紀から十二世紀の間にキリスト教の僧院で行われたのと同じように、男性が集まる禁欲の世界では、むしろ当たり前の行為だったのかもしれないし。


実際、男色をたしなまなかった戦国武将は豊臣秀吉くらいだったと云われています。
秀吉は農民出身であったため、武士階級で行われていた男色という風俗になじめなかったとか何とか(ほんとかよおい)

まぁそんなことはさておき信利(略)話でも。
加賀藩に『亜相公御夜話』という文献が伝わっています。
それによると、利家が15歳を迎えてからというものの、信長は夜になると、利家のことを片時も離さなかったらしい。
「信長御秘蔵にて」という次第になっていたという記述でも明らかなように、昼も夜も信長の秘蔵っ子。


更に信長は、安土城にて開いた宴でこのような問題発言も残しています(現代語訳)

(利家の髭を掴み自分の方へと引き寄せ)←史実らしい
『利家。お前が若かった頃、俺は良くお前を抱いたよな。…秘蔵っ子だったから大切に抱いてやっただろ?』(部分要約)


そしてそれを聞いていた家臣は『利家にあやかりたい』と羨ましがったそうな。



…信長総攻。



まぁ、信長や利家だけじゃなく。
武田信玄、上杉謙信などもけっこう好きだったようです、男色。
『小姓』と呼ばれる少年達の存在がそれを色濃く物語っているというか。…戦国武将のホモの相手は九分九厘『小姓』でした。

戦の前と後三日は女とエッチしちゃだめなんだから(マジ)、だったらこの子抱くか。みたいな、そんな感じ。

日本史実上で有名なのはあと…


徳川家光×柳生友矩
武田信玄×高坂弾正(エロ日記が残ってる)
豊臣秀次×不破万作


あたりかな。


『亜相公御夜話』、原文読みたいなぁ。大学にありそうだ。
寧ろ日本史ゼミの研究テーマか何かに出来ないかね。


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