Sun Set Days
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| 2002年08月10日(土) |
眠れない夜→朝の散歩→『天国の口、終わりの楽園。』→洋服 |
いまDaysを書いているのは16時少し前で、ちょっと前に帰ってきたところ。昨日からずっと起き続けていて、かなり眠い。ということで、これを書き終わったらすぐに眠ろうと思うので、時間帯によってはこのDaysに遊びに来ていただいている間、僕はぐっすり眠っています。夢もみなそうな感じではあるけれど、できればビーチの夢を見たいとか思ってみたり。 それでは、昨晩からいままでの話。
�/写襦�0時頃〜)
Bbsの方に思わず書き込みをしてしまったように、村上春樹の最新長編の期間限定ホームページを見てうかれていた。10日スタートということはわかっていたので、0時過ぎでやってるかなーと思っていたら、本当にやっていたので、「うわ」とか思う。こういうのって小さなことだけれど、ちょっと嬉しい。小確幸?
�△気蕕某写襦�2時頃〜)
『N43゜』を黙々と直す。ワードの文章を縦書きでプリントアウトしたものに、色ペンで削ったり書き加えたり、ここまで推敲を繰り返すのは実ははじめてかもしれない……。でもまだまだかかりそうな感じだ。今年中にはけりをつけよう。
�L詭世院�5時頃〜)
アタマが冴えて眠れなくなる。そして、10日封切りの『天国の口、終わりの楽園。』の初回を観に行くことを決めていたので、いま眠ったら絶対に起きれない! と思って「どうしよう……」としばし考える。初回の上映は9時50分から恵比寿ガーデンシネマ1。 そして、自分会議の結果もうこのまま起きていよう、そして帰ってから爆睡しよう! と決める。 それまでの時間をどうしようと思い、部屋にいたら誘惑に負けて眠ってしまいそうだったので、とにかく外出してしまうことにする。そうだ、久しぶりに二子玉川に行こうとなぜか思う。唐突に。いつも唐突。
�ち當�(6時頃〜)
ちゃんと着替えて、カーキ色の肩掛けカバンにノートとかデジタルカメラとかを入れて斜めがけする。それから最寄の駅に向かう。6時3分発の電車に乗り込む。時間と曜日のせいか、車内はかなり閑散としていた。天気はよくて、窓の外には朝のまだ半分眠っているような感じのする街並みが見えている。体調はともかく、散歩にはいいかもしれないと思う。
二子玉川駅に着いて、ホームから改札口まで長いエスカレーターを下る。前に来たのは初冬くらいの時期で、そのときのことはDaysには書かなかったので日付まではわからない(書いておけばよかったかも)。ただ、そのときはデジタルカメラを持っていかなかったことを後悔したのだった。かなり寒かったのを覚えている。 けれども、もうそれから半年以上経っていて、季節も真夏だ。僕は半袖だし、コートだって羽織っていない。 東急ハンズ側から駅を出て、昔ながらの商店街といった感じの路地を抜けると、川べりに出る。遊歩道みたいなものがあって、そこを川下に向かってゆっくりと歩いていく。 振り返ると、東急線の橋が見えて、ときどき時間調整のためなのか橋の上で電車が停まっているのが見えた。なんだか大きな毛虫みたいな感じだ。空にはほとんど雲もなく、散歩をしているおじいさんや、犬の散歩をしているおじさんや、小さな子ども連れのカメラを持ったお父さんとか、謎の体操をしている若いお兄さんなんかがいる。自転車に乗って遊歩道を通り過ぎていく人も多い。釣りをしている人もいる(何が釣れるのだろう?)。川べりなので少しは風があって涼しいのだけれど、それでもやっぱり暑い。 そして……眠い。 もちろん、散歩は好きなのでときに伸びをしたりしつつてくてくと歩いていたのだけれど、心の中では「ねむいよ……」と思っていた。ちょうど眠気のピークがきていたのだ。やばいくらいに。だから、傍目には早朝から(6時半くらいだったし)散歩をしているかなりすがすがしい朝の過し方という感じだったのだけれど、実際にはずっと起き続けていて、いつもより歩く速度も心持ちスローだったりした。 そして、歩きながら、心の中で「ねむいねむいのうた(作詞作曲Sun Setさん)」を歌っていたり。
ねむいねむいのうた
ねむい ねむい どうしてこんなにねむいの? めのまえに ひつじがたくさん みえるよ きりょくを ふりしぼって がんばれ えいが えいが えいがをみにいくんだし が ん ば れ る ー が ん ば ろ う − が ん ば ろ う −
こりゃあ売れるよ100万枚間違いなし! とか思いながら(嘘です)。
実際には歌ではなくて、デジタルカメラで写真を撮っていた。今回はちゃんとカバンに入れてきたのだ。歩きながらときおり立ち止まって、ぱちりぱちりと(今日撮った写真のうちの1枚は次回のTop写真に登場します)。
そして、片道20分歩いたところで、腕時計を見て引き返すことにする。それからまた同じ時間かけて駅まで戻ってきた。往復40分と少し。
�ツ�(7時30分頃〜)
二子玉川駅から渋谷駅へ。お腹が空いていたので、渋谷駅で朝食をとる。東急線からJRへ連絡する途中の階段のところにある店でモーニングセットB(トースト2枚、目玉焼き、ハム、サラダ、コーヒー)。
渋谷からJRで恵比寿へ。 恵比寿に着いたときには8時少し過ぎで、またガーデンプレイスもほとんど人がいないし、閑散としていた。土曜日の朝なのだ。エクセルシオールカフェ(ドトールがやってるドトールよりオシャレなイメージのする店)があったので、まだ開場まで時間があるだろうと思い中に入る。カバンの中に入れていた無印のレポートパッドにせっかく少し時間があるからと【Fragments】の新しいやつを書きはじめる。珍しく手書きで。でも、眠かったのでいまレポートパッドを読み返してみたら、判読できない文字が結構あって驚く。半分寝てたのか……?
映画は9時50分スタートだったので、9時にそろそろかなとカフェを出てガーデンシネマの方にてくてく歩いていく。 そして、一瞬「えっ」と思ってしまうくらいに驚く。 なんと映画館に長蛇の列が出来ていたのだ。ざっと見て100人程度(実際に受付番号は103番だったのでそれだけ並んでいた)。30分以上も前にここに来ていたのに……先に映画館のほうをちょっと見ておけばよかった……としばし悔やむ。
けれども、逆に期待はかなり盛り上がる。初日の初回ということを差し引いても、これだけの人が観たいと思っているなんてやっぱりいいのかもしれないと。待っている間、僕の後ろにもどんどん列が伸びていく。後から来た人が「え? 何これ?」とか言っているのが聞こえる。それにしても、自分が列の中にいると、後から来た人に対して優越感を抱いたりしてしまうのってなんだかやれやれという感じだ。そういうときには自分が小さいなあと思ってしまう。でもそんなに人間ができていないからなとも思う。
それはともかく、チケットもパンフレットも無事に購入を済ませ、後は映画を待つだけ、館内はほぼ満席で一番前の列まで人が入っていた。
�Α愿傾颪慮�、終わりの楽園。』
(※注意!! ネタバレ含みます)
チラシでは、ストーリーはこう説明されている。
悲しい秘密を持つスペイン生まれのルイサと、生のエネルギーを持て余す17歳の少年フリオとテノッチ。3人は伝説の海岸「天国の口」を目指し、生と死、優しさと残酷さが交錯する乾いたメキシコの大地を南下する。暑い太陽に照らされたひと夏の旅は、ルイサにとっての最期の旅、そして、少年ふたりにとっては、もっとも輝いていた甘美な少年時代との訣別の旅だった…。
しかも、本国メキシコではハリウッドの並み居る大作を抑え2001年度の年間興行収入の第1位、社会現象とまでなる大ヒットを記録していると紹介されている。
もともとロードムービーが好きだった。そして、上にあるような設定だ。これはもうかなり興味を惹かれ、絶対に観に行こうと思っていた。 スクリーンに映し出されるのは、恋人がそれぞれ夏の旅行に出てしまって、取り残されてしまった2人の少年の退屈な17歳の夏休みで、どこか倦怠感に包まれながら、バカ騒ぎをしてみたり、意味のないことを繰り返していたりする日常が描かれる。そういう夏が、ルイサとの旅に出るところから変わり始める。親戚の結婚式でであった美しい女性ルイサをナンパするためにでっちあげた「天国の口」というビーチにルイサが行きたいと言い出し、それで2人は年上の女性とのめくるめく何かを期待して車を走らせるのだ。あるはずもないビーチに向かって。
青春時代は誰もがその比率はどうあれ弾けるような楽しさとどうしようもなく退屈な時間の双方で占められていると思うけれど、その退屈な時間の中で、たいていの人はいろいろな想像をめぐらせるのではないかと思う。たとえばそれは海での出会いであったり、友達の紹介であったり、恋人とのさらなる進展であったり……そういういろんな願望。フリオとテノッチのそれも、最初はただの夢想のようなものでしかなかった。けれど、ルイサから電話がかかってくることによって、その青春の幻想とも言うべき年上のセクシーな女性とのひと夏の旅が現実のものとなるのだ。そして、そこから現実は2人にとって予測不可能なものとなる。ただ車を走らせ、言葉を重ねて、ハイになること。後は流れにまかせることがすべてになる。
もちろん、ルイサには2人の少年に電話をかけるだけの理由があり(愛する夫の浮気の告白という理由ともうひとつの秘密)、別に2人の少年にとってのファム・ファタールになろうと思っているわけじゃない。ただ、2人はルイサの理由や秘密は知らないし、ただ憧れの女性の前で浮かれている。どうしようもないくらいに。ガキの真摯さと欲望でもってルイサと奇妙な連帯感を深めていく。
少年たちは車の中でルイサにたくさんのことを話す。ルイサも、少しずつ自分のことを話していく。車の中は、どうしたって秘密を共有しやすい場所だ。スピードが出ているし、そこでの会話は当人同士にしか聞かれるおそれもない。だから、たくさんの車の中でたくさんの秘密が、人生が語られている。それがロードムービーが魅力的な理由のひとつだと思うのだけれど、この物語でもそれは同じだ。
ルイサは最初テノッチと、それからフリオと関係を持つ。2人の少年はふとしたことからお互いの恋人と寝ていることをばらし合い、喧嘩をする。関係性が車に乗るたびに変化しながらも、それでも目的地に着くまでは旅は終わらない。そして、一度崩れていきかけた関係性も危ういバランスをとるようになっていく。 そして、一行は世界最高のビーチ「天国の口」に着く。 実在しないはずのビーチが実在していた奇跡。 最後の夜、3人は一緒に長い夜を過ごす。 ある種の宴の後、ルイサはそのままビーチに残ることを2人に告げ、2人はメキシコシティーへ帰る。 それが、その夏の旅の終わりだった。
その後、たいていの親友同士がそうであるように2人の少年の人生は離れて行き、別々の人生を歩むようになることがエピローグのように語られる。その中で、ルイサが癌であの後すぐに亡くなったことが知らされる。ルイサは自分の余命幾ばくもないことを知っていて、あの夏の旅に来ていたのだ。
そういう物語。 物語は様々な細部に彩られていて、とりわけ第三者の語り手のある種冷徹な語り口(その語りが入るときには、すべての音が一瞬画面から消え去る)が、目の前で展開されている物語がすでにとじられたものであり、紛れもない現実の中のひとつの出来事でしかないことを強く意識させる。たくさんの人の、それぞれの人生と同じ重さのものでしかないということを。もちろん、少年2人にとっては後で思い返すことになる特別な数日間ではあるけれど。 それでも、随所で挿入されるその語りが、物語を過度に感傷的に陥ることからバランスをとることの助けとなっている。
また、車で走っていくメキシコの映像もいい。とりたてて別段特徴もないようなメキシコ郊外の、どこまでも続く乾いた道路。カメラは長回しでその風景を写し取っていく。それははじめて見るような光景なのに、誰の中にもあるような景色のように思える。 国は違えど、シチェーションこそ違えど、誰もが青春時代を超えてきている。そして、その青春時代の持つ情けなさややりきれなさや、そしてその中にある真摯になる瞬間のようなものがそこには映し出されていて、それが個人的にはかなり生々しかった。
僕は一睡もしていなかったけれど、映画の間まったく睡魔を感じなかったし、ものすごくツボにはまるというわけではなかったはずなのに、どうしてか強い印象が残ってしまう映画。後になってもいくつかのシーンを思い出すことの出来る映画とストーリーしか思い出すことの出来ない映画があるけれど、確実に前者だと思う。 観てよかったと思う。
チラシを見ていたら、たくさんの著名人がこの映画を勧めているのだけれど、その中に江國さんの名前があった。ちょっと驚く。最近は本当にいろいろなところで江國さんの名前を見かける。 こう書いてある。
江國香織さん(小説家)
暴力的なまでに輝かしくやさしい瞬間を、ビビッドかつ力強くとらえていて、心に残ってしまう映画。
他には、ファッションモデルの冨永愛やデザイナーの中野裕通、女優のとよた真帆などもコメントを寄せている。
�Ю妓瓠糎畍紂�12時頃〜)
映画を見終わった後、恵比寿三越で文房具や雑貨を見る。結構いろいろ雑貨を置いていた。 それからもう一度渋谷に戻り、せっかくなのでちょっとだけ買い物をしていくことにする。ハチ公前を基点にしてハンズ方面から丸井方面へぐるっと円を描くようにいくつかの店に入りながら移動。探していたバッグがあったのだけれど、結局見つけることができなかった。かわりに、秋冬物のベストを1枚買う。服屋の店頭って季節が先取り過ぎてなんだかわけがわからないような感じだ。 他にも本やCDなんかも物色(買わなかったけれど)。 電車に乗って最寄の駅まで戻ってくる。 帰りの電車の中では、気がつくと眠っていた。 そして、気がつくと最寄り駅のひとつ前の駅だった。こういうときは、ちょっと得をしたような気持ちになる。
昼食をとっていなかったので、駅構内のカフェでアイスコーヒーを飲む。 それから部屋に戻った。
クリーニングを出しに行って、Daysを書いた。 長くなったけれど、貫徹時はハイだからなあとちょっとだけ思う(普段以上に細かく書いているし……)。 さて、これから寝ます!
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お知らせ
書いているうちに眠気が……またなくなってしまいました(横になったらすぐに眠ることができるとは思うけれど……やれやれ)。
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