| 危機管理 |
アルカイダの幹部が日本に潜伏していたそうだが、 なかなか面白いではないか。これで日本人の間延びした 緊張感が少しで引き締まれば良い薬である。 未納未納と騒がずに国政を何とかしろという世論でも作り上げて欲しい。 政治家は年金なんて納めてなくても、国政をしっかりして 国を富ませて不自由の無い社会を作り上げれば良いのである。 我々と同じスケールでコチョコチョご機嫌取りやってるような政治家の 惨めな姿など見たくも無い。小泉のデマゴーグなどに惑わされず スケールの大きな政治化を選ぶ地盤に日本も育って欲しいと思う今日この頃。
ところで日本人の緊張感は間延びしまくってますが、 これは映画業界も同じこと。 相も変わらずバカな戦略でプローモーションをしております。 今回のバカの極みは、「デイ・アフター・トゥモロー」。 何か映画とおんなじ名前のユニットだか何だかを吹替え版のエンディングに 起用するんだとか。私が愛川欣也なら「ハイ、消えた」と言ってしまう 無知で愚かなプロモーションですな。そもそも洋画のエンディングに 日本のアーティストの主題歌を日本オリジナルで付けるのが不味い。 これは「007 ワールド・ノット・イナフ」でLUNA SEAが ダサい主題歌を付けた時に証明済みなんです。 この時は酷かった。曲も酷かったが、それを聴かされたお客さんの 気持ちが一番酷かった。劇場では穏やかそうな年配の老紳士が 「ふざけるな」と激高して席を立たれておられた。不評不評で ビデオリリースされた時はLUNA SEAの曲は無かったことにされてしまった程。 それくらい洋画に日本の配給会社が勝手に日本の曲を入れるのは とっても不味いことなんです。では、何故これが不味いのか。 原因は一つ。話題作り先行のために映画に合うような曲を付けないから。 映画を観てから曲を作ってもらうのならば話はわかりますが、 話題作の場合は日米同時公開なんてこともあるために 試写会などもギリギリまで開かれませんし、字幕を作る作業用に 先に入るフィルムを専門家でもないアーティストに見せるなど皆無です。 そのために既存の曲を映画に当てはめるんですね。 もともとその映画用に作った曲ではないので雰囲気から外れること甚だしい。 そのためせっかくエンディングで感動していても間の抜けた 日本語の歌詞が耳に飛び込んできて、おまけにそれが映画の雰囲気や 余韻をぶち壊しにしてしまう。どんなに良い映画でもこれではいけません。 特に今回の「デイ・アフター・トゥモロー」に関しては 僕自身思い入れのある作品なのでノータッチにして欲しかったのです。 だってジェイク・ギレンホールが初の大作に挑むんですよ。 ジェイク・ギレンホール、そう「遠い空の向こうに」で 全国の男子から涙を搾り取るほどの感動を与えた青年です。 「遠い空の向こうに」を見て以来、彼のファンになった自分としては ようやく臨んだ大作を日本のくだらないプロモーションで 台無しにして欲しくないのです。それこそ大声で 「お前らジェイクに謝れ!」 と叫んでしまいそうになること請け合いです。 ということでレコード会社と配給会社のどす黒い考えが見える 日本語吹替え版は何があっても観に行かないつもりです。 (まぁ、吹替えだったらジェイクの演技もわからないしね) どうでもいいですが、昨日からレコード会社の悪口ばっかりだね。
|
|
2004年05月19日(水)
|
|