| 少しばかり難しい話 |
小津安二郎は遺作の「秋刀魚の味」で先の大戦に関して 笠智衆に「負けてよかったんだよ」と言わせているが、 素朴な疑問として、先の大戦を日本は勝とうとしていたのであろうか? 日露戦争にも見られるように日本の基本戦略というのは 物資の少なさを補うために機先を制して序盤で勝利を重ね できるだけ有利な条件で講和をするというものである。 これは見方によっては勝利とはいえないかもしれない。 結局のところ講和を行うことによって引き分けに持ち込むのだ。 相手を降伏させるようなことまでは考えていない。 いや、日本の物資の少なさなどから相手を完膚なきまでに 叩き潰すということは無理だと想定していたのだろう。 少なくとも海軍はそうであった。でなければ真珠湾を奇襲し、 緒戦を有利に戦おうとする作戦は立てなかったであろう。 反対に陸軍は満州事変を起こした石原莞爾があれほど恐れて 反対していた中国と泥沼の戦争を始めるなど、 先を見て行動するということはあまり見られない。 そもそも陸軍と海軍の仲が悪いということもあるのだが、 この差はやはり手本とした軍隊組織にも現れている。 海軍が手本としたのは当時世界最高峰と言われていたイギリスであり、 海軍の合理的な部分はこのイギリス海軍に負うところが大きい。 一方陸軍は当初はフランスを手本としていたのだが、 譜仏戦争でフランスが手ひどく負けたのを機に ドイツを手本として大きく発展している。 ただ、ドイツを手本にしていたのは良いが、日本陸軍というのは 後に精神主義を上等のものとし、後にドイツが機械力に頼ったのとは 全くの正反対の道を歩むことになってしまう。 おまけに上層部の間では独断専行が横行するようになってしまう。 と、まぁ、ここまで書いて気づいたのだが、これから先に進めると かなりマニアックな話になってしまうので、今日はこれで幕としたい。 続きは多分書かないと思う。
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2004年04月24日(土)
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