吹替のススメ

映画好きを自称する人の多くは字幕で鑑賞することを好んでいる。
俳優の生の演技を楽しみたいという人から
英語の発音の勉強をするためにというように
人によって理由は様々だが中には
「誰がなんと言っても字幕、吹替は見る価値ナシ」
という固定観念の元、飽くまでも観ようとしない人がいる。
このように意固地になっている人は映画の楽しみ方を
見失っているような気がする。
というのも洋画の吹替にも利点はあるのである。
まず登場人物が多い映画では混乱を避けやすい。
その昔、テレンス・マリック監督の「シン・レッド・ライン」
という映画があったのだが、この映画登場人物が多い上に
登場する人間がみなヘルメットを被っているため
個人の見分けがつきにくい。それに加えて登場人物がやたらと
回想するために一体誰の回想シーンなのかということが
字幕だけでは非常にわかりにくい。しかしこれが吹替になると
声で登場人物を見分けることができるので理解しやすい。
まぁ、「シン・レッド・ライン」は芸術映画みたいなものなので
理解しろという方が難儀なのかもしれないが、
そういう方には「トイ・ストーリー」を思い浮かべていただくと
大変わかりやすいと思う。これも登場人物が多いが、
それに加えて登場人物それぞれが口々に喋るために
言葉の情報量が非常に多いのだ。この場合吹替だと
情報量の多さも容易に整理しやすい。
しかし字幕の場合は情報量が制限されてしまうため
作品の魅力を伝え切れない恐れもあるのだ。
作品の魅力を伝えきれないという点ではコメディ映画も
吹替の方が向いているかもしれない。
英語の語呂合わせと日本語の語呂合わせは根本的に違うため
字幕では非常にお寒いギャグが展開されるのだが、
吹替になると広川太一郎のような芸の達者な人々が
作品の魅力引き立たせてくれるのである。
作品の魅力というものに関して言えばもう一つ。
字幕の訳者の独断によってストーリーが変えられていることも
往々にしてあるのだ。
ここでピンと来た方もいると思われるが、
実は最近字幕に関する問題が大きく報道されたことがあった。
そう、指輪物語に関する誤訳の数々だ。
これに関しては非常に長い話になるので割愛するが、
実際に劇場で字幕版と吹替版を見比べた感想を述べると
はっきり言って内容に雲泥の差があった。
大事な伏線は消すわキャラクターの人格を破壊するわ
まぁ、これが字幕の大家の仕事かと思うほどヒドイ出来で
思わず署名運動に参加してしまったほどである。
嘘だと思う人は明日のテレビ放送を見てもらいたい。
(幸いなことに配役は劇場版のままなので安心できる)
字幕版で観たからという人間は特に観るように。
ボロミアの人格が180度変わるから。
エアレンディルの光がエレンディル(アラゴルンの先祖)の光
なんて爆笑ものの誤訳なんかとは縁が無い素晴らしい出来に
なっているので必見である。
と、まぁ、吹替の利点を述べてきたわけだが、
字幕に固執している人の多くは通の人から伝え聞いた
吹替卑下理論を間に受けているだけで本当の楽しみ方を
見つけていないという人が多いように思える。
しかし、私は声を大にして言いたい。
本当に映画を楽しみたいのであれば
固定観念で曇ったフィルターを取り外し
作品にあった環境を楽しむべきではないのだろうか、と。
字幕には字幕の、吹替には吹替の良さがある。
作品によって字幕が良い場合もあれば吹替の方が良い場合もある。
楽しみ方は人によって様々だが、映画好きを自認するのならば
字幕だけ、吹替だけという錆びきった固定観念を捨て
どの方法がその作品を寄り楽しめるかを考えるべきである。
固定観念で凝り固まった人ほど誤った方向に陥りやすい。
それは日本の旧陸軍を見ていただければ良くわかると思う。
我々観客が敗戦を迎えないためにも映画の真の楽しみ方を
開拓していくべきである。
2004年02月06日(金)

Dag Soliloquize / tsuyo