遠く遠く

人というものは時にさまざまな試練を受ける時がある。
それはあまりにも残酷で思わず目を背けたくなるものだ。
その試練というものは多くが別れというものだと思う。
肉親や友人、恋人。人は生きているうちにさまざまな人に出会う。
しかし出会いがあれば別れがあるのも当然であり、
また、人は多くの別れを経験して成長していくものである。
しかし、仲には別れたくない人がいるのも事実で、
そんな人と別れなければならないのが試練なのだろう。
人との出会いは一期一会と言うが、実際にそうである。
たまたま電車で隣に座った人だって明日必ず会えると言うわけではない。
むしろ、そうやって隣に座っていること自体が奇跡に近い。
旅先で出会った人、それも海外で出会った外国人の人に再び会うことは
ほぼ不可能に近い。それだけに再会できた事が嬉しくなる。
しかし、そのような人との出会いは旅だけではなく、
日常生活にも多くある。道ですれ違うこと自体が偶然の産物なのだから、
出会い、友達になり親しくなることは、出会ったことに
もっと感謝するべきことなのかもしれない。
自分には大事な友人が多くいる。
その友人達はそれぞれの自分の世界を持ち、
その世界の中に自分が接触したこと自体が奇跡なのに
その上その世界で友人として認識されるようになる。
こうして世界は広がっていく。
しかし、いくら大事な友人でも別れの時は確実にやってくる。
それは価値観の相違や遠く離れてしまったり、形は様々だが
「死」というもっとも恐れるべき形でやってくることもある。
今まで自分の世界にいた人間が突然遠い世界に行ってしまう。
そして永遠に戻ってこなくなる。
渡したかったもの、伝えたかったこと、全てを残して
自分には手の届かない遠い遠い別の世界に行ってしまう。
会うことも話すことも触れることも二度とできなくなる。
それが喧嘩の最中だったりすれば、後悔しても仕切れない
自責の念に襲われるのは確実だ。
もし、一度別れても生きていれば再び関係が戻ることもある。
しかし、遠い世界に行ってしまうと関係はおろか会う事すらできなくなる。
今、自分が抱えているもの、自分の周りにあるもの、
全てを見渡して改めて思う。
自分にとって大事なものに感謝し守っていかねば、と。
2002年03月06日(水)

Dag Soliloquize / tsuyo