苦手なモノの1つに「電話」がある。 私の学生時代は、ベルはおろかケイタイなんてとんでも無い時代だったので、友達や彼氏との電話タイムは「自宅へ電話」が当り前だった。 コードレス電話もまだ普及していなかったので、子供の部屋に電話があるウチってのはまだまだ少なく、あってもセイゼイ「親子電話」な世の中だったのだ。 ちなみに家はリビングにある電話が1台のみだった。(中学時代) なので友達と別れ際に「夜電話するねぇ〜」という運びになっても、親の視線を背中に感じながらの話しはちっとも盛り上がらず、盛り上がれない事情がこちら側にあると思うと何だか申し訳ないような気分になったものだ。 そして、そうこうしてるうちに電話で友達と話すのがメンド臭くなってしまった。
女の子の「長電話文化」が始まる中学の時に挫折した私は、その後、電話を掛けやすい状態になった高校に入ってからも、なんか電話で話しをするのが苦手になってしまって、結局「電話が苦手」な人のまま今日に至っている。
まぁ、ジーサンバーサンのように電話が大人になるまで無かった時代の人間では無いので、遠くに住んでいて久しぶりに連絡を取った友達とか、暇でクサクサしてる時のグチリ電話とか、盛り上がる時は盛り上がるんだけどね。 とはいえ、まぁ、基本的に「用件派」が身に付いてしまっているので、今でもあまり電話で長話しってのはしない。
っが。そんな私でも今となっては自分の電話を持っている。 ホトンドがダーリンとの連絡用で、会社を辞めてからはハッキリ言ってあまり必要が無いのかも・・・と思う事はあるのだけど、これがまた一度手にしてしまうと使わなくても手放すのはちょっとした思い切りが必要になったりするのが悲しき現代人なのよね。
そんな中、最近続いている少年犯罪のことを考えていてフと気が付いた事がある。 昔は(って言ってもツイ5、6年くらい前だけどね)友達や彼氏と夜電話でお話しするのには、まず家に掛けて、親が出れば名を名乗り、ちょっとした挨拶をして取り次いでもらっていた。 それが今は完全に「個人の電話」同士でのヤリトリだ。 電話を取り次いでもらう必要なんて全然ない。「もっし〜。あたしぃ〜」でOKなのだ。 っとなると親は子供が話しをしてくれない限り、友達の名前や仲良し度なんかもゼンゼン解らないって事だ。 これはケイタイが無かった青春時代を送って来た世代にとっては、かなり戸惑うんじゃないかと思った。 男の子は長電話が苦手、なんてのも既に一昔前の事だ。 今は男同士でも結構マメに連絡取りあって暇つぶしにお話ししたりしてるもんね。
ケイタイを子供に持たせるな、なんて極端な事を思っているワケじゃないけれど、携帯電話、電子メールなんていう便利グッズが当り前の世の中になった事で、親が子供の交友関係がマッタク解らなくなっちゃったっていう弊害はあるんだろうなって思う。 そうなってくると、あとはいかに子供と話しを出来る環境を作れるかって事しかなくなってしまうんだろう。 そんな事をダーリンと話していてた。 結局じゃぁ、その環境を作るには・・・。 まずは両親がお家の中でタクサン会話をしているって事が「始めの一歩」の環境作りなのかもね・・・っというところでこの話しは決着が付いたのだけど。 こうやって、時は流れている訳で、親と子のジェネレーションギャップは嫌が応でも出来て行くのだな、なんて思うのでした。
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