よるの読書日記
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2002年05月06日(月) ゆりかごを揺らす手

<注意!>
この文章はSIDSを否定するものではありません。
また、SIDSでお子様を失った方を非難するものでもありません。
失われた小さな命とその御遺族に対して
私は深い哀弔の意を表します。


乳幼児突然死症候群(Sudden Infant Death Syndrome;SIDS)。
健康体で生まれ、正常に発育していた赤ちゃんが
突然亡くなり、解剖しても死因が見つからない。
ほとんどが睡眠中に起こることから「ゆりかごの死」とも
呼ばれる悲劇です。

『赤ちゃんは殺されたのか』
< R・ファーストマン&J・タラン 実川元子訳/文春文庫>
は、これにより5人もの我が子を失ったとされていた女性が
実は殺人犯であり、さらに医師がそれを症例として
医学界を席巻するような学説を立てていたことを
約二十年ぶりに解き明かした事件を追ったノンフィクションです。

いやぁ、読み応えありました。おかげで寝不足になった。
衝撃的なタイトルに惹かれて購入したのですが、
本体価格千円は損じゃなかった。
保険金目当てと思われる父親の我が子連続殺人事件から始まり、
担当検事がSIDSの論文から兄妹5人が死亡している事例に注目、
長い歳月をかけて事件として立件できないかを
模索する過程を描いた第一部に続き、
一人の女性が自分のお腹を痛めた5人もの子供達を次々に
殺害した過去を解き明かした第二部。

5人ですよ5人!当然ですが周囲の皆がおかしいと思い、
怪しみながらも親が子を殺す筈がない、
子を失った不幸な女性をさらに傷つけてはいけないと
自分に言い聞かせながら見て見ぬふりしていたわけです。
確かにこんなこと身近にあったら難しいですよね〜〜。
こういう不幸が何回も身に降りかかる人が広い世界に
一人もいないとは言い切れないし。
大昔なら貧困やら疫病やらで家族が次々
亡くなることだってあったろうしね。
でも5人です。しかも末の二人は医師の熱心な観察を
受けていながら、一時退院の直後に死亡。
母親の異常さに気づき、何度も医師に進言しながら
認めてもらえず無力感に苛まれる看護婦達のやりきれなさは
涙なくして読めません。なぜなら医者の方は自分が作った
セオリーに当てはまるデータが欲しくて欲しくて
しょうがなくて、患者の家庭環境には目もくれず、
そして看護婦は医者に逆らってはいけないから。

最近の研究ではSIDSは遺伝しないと言われています。
もし一つの家族にくりかえし乳幼児の死亡が
続くなら、それは殺人の可能性が高いということ。
親が自分の子を殺すなんて本当におぞましいことですが、
残念ながら今日も世界のどこかでそれが行われているのでしょう。
そして、虐待は目の見える形であるとは限りません。
例えば食物を与えられない子供は餓死ではなく、
抵抗力を失って肺炎で亡くなったりするのだという――。

また信じがたいことですが、世の中には
代理型ミュンヒハウゼン症候群という虚言症を
持つ人がいるのだといいます。
私の覚えてる限りでは『臓器農場』<帚木蓬生/新潮文庫>
『死体農場』
この症状の女性が出てました。
ちなみにタイトルが似ているのはたぶん偶然です。
おかげでこの病名が既にソラで言えるワタシ……。
何話かわからないけど『ER』でもエピソードに
使われてたっけ。一応解説を入れておくと
ミュンヒハウゼン症候群と言うのは症状を訴えたり
病気になるようなことをして周囲や医療関係者の
関心同情を集めようとするもの。代理型はもっと悪質で
子供などを病気に仕立て、死に至らせるケースもあります。
問題の女性がそうであったことはまず間違いないと思う。
家計を圧迫するほどの病院通い、子供を遠ざけてでも
文字通り夫の膝を独占しようとする態度など。

そして第3部は緊迫の裁判。法廷劇のようでハラハラしました。
ちょっと思うのですが容疑者の女性は無罪を訴えていたので
この場合は関係ありませんが、弁護側が容疑を認めた上で
容疑者がミュンヒハウゼン症候群であり、
精神面で問題があったと訴えたらどうなるんでしょうね。
人の関心を引くためには自分や我が子さえも害する一方
自分が疑われないよう、またはより注目されるためには
平気で嘘をつき、周囲には変わり者だとか評されつつも
一応の社会生活を送っている人間。
この病気が争点になった場合、精神医学及び司法は
どういう判断を下すんでしょう、何だかちょっと怖い。
怖いついでに判決が出た後もその医師は無呼吸説を唱え、
呼吸モニター(無呼吸状態が続くとアラームが鳴る)の
有効性を訴え続け、某大手(非ペプシ系)コーラ会社
などから資金提供を受け続けているのだそうです、ひぃぃ。

さて、最新のトピックス。
アメリカではあおむけ寝キャンペーンを
始めてSIDSが2年で30%も減少したそうです。
さらにたばこの煙にさらされている赤ん坊はSIDSの危険性が
そうでない赤ん坊より2〜3倍も高いと言われています。
――何年か前、日本でうつ伏せ寝流行らなかったか?
頭の形が良くなるとか言って奨励してた奴までも
悔い改めてなかったらどうしよう?



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