過去最大の過ち。

怒涛の5日間、小説風味でどうぞ。

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2006/05/12 惨劇の幕開け―全ての選択を間違えた

 耳を裂くような携帯のアラーム音で目が覚める。
 リビングへ行くと、テーブルにはもう既にコーヒーが出来上がっている。
「寒くない?」
「そお?」
 不思議そうな顔でこちらを見やりながらママンはストーブを点ける。
 そんな顔を見て、初めて自分の躰に違和感があることに気付く。
(のどが痛い……風邪引いたのかな……)
 テーブル脇のキャビネットの上に、無造作に置かれた体温計を取ると、左脇に挟んでいつもの場所へ腰を下ろす。
 テレビ画面には、いつもと同じ笑顔の"バード"が写り始めている。
 ニュースを少し見て、計り終わった事を知らせる機能がついていない古い体温計に目を移すと、点滅していたデジタル数字は止まっている。
「36.3度……微熱だなぁ……」
 会社を休むほどの熱ではないし、アルバイトの私は休んだ分だけ給料が減るので、それだけは絶対に避けたかったのもあって、少しパンをかじり、パブ〓ン飲んで支度を始める。
 金曜日だから電車は少し空いているだろう――。
 そう思って、いつもの電車を見送り、1本遅い電車へと乗り込んだ。
 4つ目の乗り換え駅で降り、ホームに立って次の電車を待っていると、躰がフラフラと動き出す。
(あれ…? 熱があるわけじゃないのにな……足が疲れてるのかな)
 線路に落ちるのを免れるために、すぐ背後にあった柱にもたれ掛かると、数分もしないうちにホームへ電車が滑り込んできた。
 長イスの中央のつり革を掴むと、いつものように目を閉じる。
 ふと雑音が耳に入っていることに気付き、耳に入れたままのイヤホンから音楽が流れていない事を知った。
(家からずっと無音だったんだ…でも聞く気分じゃないな…)
 何駅か過ぎた頃、私は息を飲んだ。
 傾いた躰に、勝手に驚いたらしい。
 いつの間にか眠っていたようだった。
 久しぶりに立ちながら眠っていた自分にびっくりして、色々と考えをめぐらす。
 寝不足というほど夜更かしもしてなければ、特に疲れを溜めていた記憶もない。微熱のせいだろうか。
 再び目を閉じると、乗り換え駅から10駅ほど、その行動を2〜3回繰り返していた。
 途中、11個目の駅で、目の前に座っていた人が降りると、そこへ腰掛けた。
 ――気が付くと、もうそこは終点。
 眠くもないのに、何でこんなに寝てるんだろう……。
 乗り換え階段をゆっくりと上り、次の電車のホームへ降りると、すぐに電車は来た。
 まだ寝ているであろう脳みそを起こすのに、この日初めてウォークマン〓ティックの電源を入れる。
 5分もすると次の駅へ着き、乗り換えのため降りる。
 いつもより1本遅らせていたので、発車時刻を待っていた電車へと乗り込む。
 始発電車のためシートは空いていたが、やたら頭がボーっとしていたので、ドア付近に立ったままでいた。
 会社の最寄駅につくと、すぐに降り、やや早歩きで会社へ向かう。
 始業10分前に会社へ入り、コーヒーを入れ、ノドが痛かったので軽くタバコを吸う。
 始業開始とともに、夕方までに仕上げておかなければいけない原稿を脇に積み上げ、片っ端から片付けていく。
 お昼に近づくにつれ、完全に躰がおかしくなっていくのが自分でも分かるほどになっていた。
 頭の芯がボーっとしだし、呼吸が浅く、首元に手を当てると異常に熱かった。
(熱上がったかも……)
 脇に積んだ仕事ももう少しで片付くと思い、早退を考えていると電話が鳴った。
 別の所で作業をしている社員からだった。
 探し物をしているらしく、会社にないか見て欲しいと言われ、電話をしながら立ってウロウロと少し探してみると、急に息が切れて立っている事が出来なくなり近くのイスに座り込んだ。
 急いで必要な物でもないらしかったので、「手が空いた時探してみます」と言って電話を切った。
 イスに座りなおし原稿に手を戻すと、昼休みを知らせる音がなった。
 すぐさまお弁当を食べて、会社の薬箱からパブ〓ンを拝借して飲むと、いつものようにその場で眠る。
 いつもなら自然に12時50分くらいに目が覚めるのだが、この日は目覚めるか不安だったため、携帯のアラームをバイブでセットした。
 ふと目が覚めると、時刻は12時48分。。
 もうこの時間に起きるのは癖になっているらしかった。
 目覚ましを兼ねて、少しタバコを吸い、13時の休憩終了を知らせる音とともに自席へつき、残りの仕事を素早く片付ける。
 もう早退しようと決め、確認のため専務に提出しようと、会社中を専務を探しまわるも見当たらない。
 居場所を申告するホワイトボードを見ても、そこは空白で、会社にいるはず……。
 専務の居場所に詳しい経理の人に聞いてみても、
「どっかにいるはずなんだけどねぇ…タバコでも買いに行ったのかもね」
 曖昧な言葉が返ってきた。
 仕方がないので、手元にある新しい原稿に少し手を出し、30分ほどして、また会社中を探しまわってみると、喫煙所で専務を見つける。
 「ど、どこいってたんですか……」口を衝いて出そうになったそんな言葉を飲み込み、確認して欲しい原稿があるのでデスクに置いておきます、と伝えて自席に戻り、片付けを始める
 全てのパソコンやプリンタの電源を切り、荷物をまとめ、もう一度喫煙所へ行き、専務へ「帰ります」と伝え、荷物を持って、会社を後にする。
 頭が朦朧として帰路はどうやって家まで辿り着いたのか、記憶が定かではない。
 ママンに家に居るとメールを送り、部屋着に着替えベッドへ潜り込む。

 20時半――。
 帰ってきたことも気付かなかったママンに起こされ、夕食に素うどんを食す。
 ロキソ〓ンを飲み、少し食休みをしていると、目の前に座っていたママンが口を開いた。
「明日どうするの?」
 私には明日、月に一度の大事な約束があった。
「……うん」
 何としてでも熱を下げて、出かけるつもりでいた。
「明日もそんなんだったら、どこにも行けないでしょう」
 熱は、既に朝の微熱を超えて、平熱を2℃以上も上回っていた。
 ママンの説教は続いた。
「明日そんなんで、朝急にキャンセルしたら困るのは☆☆ちゃんなんだよ? よく考えなさいよね」
「……うん」
 いくら熱を下げる自信がどこからともなく湧き出ていても、現実、明日に熱が下がってるかなんて誰も分かるはずもなく、断るしかないのかと不安と一緒に☆☆にメールを送る。
 ☆☆から返って来たメールには、まるで私とママンの会話を察知したかのよう「明日なくしたほうがいい?」と書いてあった。
 そんなことをして許されるのかと半信半疑に、返信メールに明日断っても平気なのかと付け加えて送ると、「しょうがないよ」と返って来た。
(怒ってる…怒ってるよね……そりゃ怒るよね…前日に断られたら誰でも気分悪いよね)
 泣きそうになるのを堪え、メールに謝りの言葉を連打し、早く治せとメールにも書いてあったので、寝ることを付け加えベッドへ移動する。

 半べそになりながら、ベッドに横たわり、今日一日の行動の反省をする。
 風邪の前兆が出てたのにも関わらず会社へ行ったのが間違いだったんだ。
 帰路も、ろくに歩けないのに、今日僅かでも働いた分の給料をもったいぶってタクシーを使わなかったのも、間違いだったんだ。
(タクシーで帰ってくれば良かったのかも知れない…会社行かなきゃよかった)
 後悔と自己嫌悪で涙が溢れ出す。
 も僅か数秒で呼吸困難になり、我に返る。
 死ぬ思いで涙を我慢し、熱が下がる事を祈り眠りにつく
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続きはまた次。
2006年05月17日(水)

偽りすぎた私の世迷言

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