ひみつ日記
脳内漂流日誌もっと前もっと後


2011年07月13日(水) 同人誌と研究書

以前にもちらっとここで話題に出したような気がしますが、ホームズのパスティーシュで「わが愛しのホームズ」という作品があります。
ロヘイズ・ピアシーというイギリスの女性作家の書いたもので、ホームズとワトスンの関係をおそらく初めて真正面から同性愛的なものという前提で描いたいわば商業同人誌でありますが、内容はわりと原作に沿ったものになっているためテーマのわりにはそれほどイロモノという印象も受けず、まあ多少文章がウエッティーではあるもののまあそれはお国柄というか恋愛小説なのでいたしかたない。ここはイギリス。ビクトリア朝。
ともあれ、同人作品としても比較的硬派な秀作ではないかと思うのです。

さてもうひとつ、いまわたしの手元にジェーン・トムスンという、やはり女性作家の書いたパスティーシュがいくつかございます。
この方は主に短編を、それもドイル本人のものといわれてもちょっとわからないくらいに原作に近いパスティーシュを書かれておられる(もちろんホモではない)のですが、それとは別にホームズとワトスンの関係についての研究書なんかも出版されてまして、まあ内容も実に細かく考察してあってすごいんですけど何が一番すごいって、あの。
前書き。

前述の「わが愛しのホームズ」をいきなり名指しで批判されておられた。

えっなんでなんで。なぜそこだけをピンポイントで名指し。
だってもっとほかに無茶なパスティーシュとかいっぱいあるのに。実は女性でしたネタとかかぶるほどあるじゃないか。女体化はいいのか。ホモはだめなのか。
あんまりびっくりしたのでちょっと抜粋してみますね。

「ロヘイズ・ピアシーはその著書「わが愛しのホームズ」のなかで、ホームズに恋したワトスンは、(略)便宜上メアリと結婚したにすぎないと主張している。私はこれを、ワトスンとホームズ、ワトスンとメアリの関係のどちらをもまったく誤って解釈した説と考える。もっともらしい嘘がつけないことが、愛すべき資質の一つであるワトスンには、そんな形で読者を欺き続けることは実行不可能だったに違いない。したがって、彼とホームズの関係は彼が述べているとおり、深い友情と典型的な男同士の絆で結ばれたものだったのである」

まってまっていやいやいやいやそれはわかんないじゃん。
だって一連のホームズ物語は便宜上(設定上)ほぼすべてワトスンが書いているわけだから、そんなもん本人のさじかげんひとつではないですか。書かれたことが全部真実であるという保証はどこにもないじゃん。それは読んだ人が勝手に前提として認識してるだけじゃん。ワトスンが嘘をつけなかったかどうかとかほんとうにすべてを語っていたかなんてそんなんわたしたちに判断つくわけないじゃないですか。その論旨は破綻している。
ていうかそれ以前に「わが愛しのホームズ」は物語じゃん。
研究書の前書きで批判例としてとりあげるとか、おかしくないですか。いくらなんでも土俵が違いすぎるだろう。
ワトスンとメアリの偽装結婚云々にしても、物語の設定はあくまで可能性の提示であって主張ではないと思うのですが、なかんずくそれが主張であったとしても、それに対する反論はやはり物語の形をとって行わなければならないと思うのです。
研究書でもって同人誌の内容を批判するとか、こっけいだ。

でももしかしたら意外と「わが愛しのホームズ」の物語はじつは同人誌ではないのかもしれない。万人に深い理解をもって広く受け入れられたのかもしれない。あのふたりはホモでしたがいっそ定説となるほどに。
だからジェーンも思い余って原点回帰を主張したくなったのかもしれない。
そんな危機感をあおられるほどに「わが愛しのホームズ」がある種のリアリティを多くの人に感じさせたのならば、それはそれで愉快なことですけども。つまりそれはみんな多少の差はあれどあのふたりがそういう関係でもおかしくないって薄々疑っていたということですね?あのふたりがそういう愛情でつながっているという仮想現実に萌えてしまったということですよね?

ぜひみんなもっともっと遠慮なくはばかりなく萌えてくれるとよい。
そしてイギリスの紳士淑女諸君のなかから第二のピアシーが現れる日をわたしはいつでも待ち続けるのです(どこまでも他力本願)


津島 |MAIL