回 がらくた日記 回

2004年08月31日(火) ちょっと真面目に

風凄かったですが、母方の爺様に車で送り迎えしてもらいましたし、まあさほどでは。(良いご身分で。)
で、講習。
講義形式でも何か色々とやったんですが(覚えちゃいねぇ)、やっぱり愉快なのはビデオですね。
2本見せられたんですが、1本目が素敵だった。
ドラマ形式でして、いかに交通事故が悲惨であるかを訴える作品だったわけですよ。
物語としましては。



父・母・長男・長女・次男の5人家族。
ある日、母が交通事故で亡くなってしまう。
警察からの説明によると、母はしっかりと交通規則を守り、横断歩道を渡っていたにも関わらず、酒気帯び運転の男の車に、はね飛ばされたとのことだった。
母親がいなくなったことで、家族は様々な問題を抱えこむことになる。
高校受験を控えた長男は、家庭事情と金銭的問題から希望進路を断念することになっていきづまり…。
小学生の長女は長女なりに家を支えようとするも、まだ幼いその手に余る事柄の方が多く…。
幼稚園生の次男は、母親に甘えられずその鬱憤からダダをこねることが増え…。
そして父は、何とか自分の力で家族を繋ぎ止めて生きて行こうとするも、仕事と家庭の両立に過労を積み重ね…。
ついに、父は自分の母(子供たちからすれば祖母)の元に、幼稚園生の末っ子を預け、育ててもらうことを決心する。
長女は泣いて、父親に懇願する。
「私が、もっとちゃんとするから、幼稚園の送り迎えだってするから、だから、おばあちゃんに預けるのはやめて!」
しかし、父の決心は揺るがない。
長女がどれだけ頑張って弟の面倒を見たとしても、限界はあるからだ。
その様子を見ていてた長男は、無言で玄関を飛び出し、絶叫する。
どうして、こんなことになってしまったのか、と。
そして、末っ子が祖母の元へ行く日。
父と長男に見送られながら、泣きもせずに、迎えにきた叔父に手をひかれて電車に乗り込む小さな背中。
そうして電車が走り出した時、息をきらせて長女が駅に到着する。
「間に合わなかった…」
俯く長女に、長男がしばらく考えた後、バッと顔をあげて言った。
「こっちだ!ついて来い!」
わけも解らないまま、兄の背を追う妹。
そうして駆け上がった土手からは、今出発したばかりの、弟が乗った電車が見えた。
「おーい!」
「おーい!」
精一杯に声を張り上げて手をふる。
すると、車内にいた叔父がその様子に気付き、あわてて末っ子の肩を揺する。
「見てごらん!」
ぐずがりもせず泣きもせず、ただ無言で俯いていた末っ子は、土手で大きく手を振る兄と姉の姿を見て、とうとう泣き出してしまう。
しかしその声は、決して彼の家族には、届かないのだった。
妹は泣きながら手を振り、心の中で思う。
母を交通事故にあわせた人。
母を殺した人。
その人が、憎いと。
憎くて、仕方がないと。
バラバラになっていく家族。
去っていく幸福。
その全ての元凶が、憎いと。
幼い少女の胸に、深く深くえぐり取られた傷跡は、永遠に残り続けるのだ。



重いよ。
コンセプトが「事故の悲惨さ」だから仕方ないんですけど、重いよ。
しかもこれが結構、長かった。
1時間くらいやってた気がします。
絶対に救いが見えないと解っている物語を1時間。
……デカレンジャーですっかり軟化した脳にはちょっと荷が重い……。(引き合いに出す作品を間違っている。)
ですがね、私、思うんですよ。
被害者側からの苦悩って、加害者になることを懸念すべき我々には、やはりまだまだ遠い部分があるのではないかと。
勿論、一般的な感覚を持ってる人間からすれば「こんなにも人を苦しめる交通事故、自分は起こさないように気をつけよう!」と思います。
そういう、心理展開が望めます。
んが。
中には「他人のことなんぞ知ったこっちゃねー」とほざきやがる馬鹿野郎も確かにいるわけですよ。
2本目のビデオがそんな感じでした。
ですからね、やはり運転する側(=加害者になる可能性のある側)に見せるべき内容とは、加害者になったことで降りかかるありとあらゆる金銭的・社会的・心理的苦痛だと思うのです。
なぜなら、それらこそが自身の不注意の対価であり、自業自得・因果応報の、現代社会での結末だからです。
浮ついた馬鹿も、自分の身にどれだけの災難が降りかかるかを知れば、少しは気が引き締まるでしょう。
一般人なら顔面蒼白になって交通法規に気を配るでしょう。
歩行者側に問題があることも確かにあります。
しかし、青信号の横断歩道で起こる事故だって、少なくは無いのだそうです。
交通規則を守っていても事故にあうのが、今の世の中なんですよ。
実際に事故にあった人達のドキュメンタリーだった2本目のビデオ。
その中の、交通法規を守っていたのに事故にあい、重い後遺症を抱えて生きていくことになった男性の父親の、悲痛な訴えが耳に残っております。

「運転する時はね、ハンドルを、人の心臓だと思って欲しいのです」

その通りなのだと思いました。
ちなみに私は、電車ばっかりで車を運転する機会がないので、もしもなるとしたら被害者側です。
背丈・他諸々に小さいので、うっかり轢かれないよう、警戒して生きていきたい所存です。


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高時あいか
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