兼松孝行の日々つれづれ

2012年08月17日(金) 被災地・・・・

今回、東日本大震災でてんやわんやだった一関市職員さんを訪ねるために、仙台を大幅に越えた。
一関市役所の所属課に行ったら、あるはずの名前がない!
よくよく訪ねてみると、地区の公民館に異動になったということだった。
30キロほど離れた公民館に行くと、以前研修の時にお会いしたそのままで、変わらぬ姿だった。
短い時間だったけれど、いろんな話が出来てよかったなぁ。
ただ、親戚もいるけれど、まだ被災地に行ってないんだそうだ。

「気軽には行けない」

という一言が印象的だった。

この公民館は陸前高田市の近くにある。
宿のある仙台に向おうと思うと、三陸海岸沿いに陸前高田〜気仙沼〜南三陸町と通過して行くことになる。
もちろん被災地は一度訪れたかったので、今回通ってみようと思った。

峠を越えて陸前高田市の中心部に入った瞬間、何とも言えない光景が目の前に広がった。
雲仙普賢岳の火砕流の後でもなく、阪神淡路大震災直後の神戸市内でもない、なにもない光景。
そして無機質な光景が、時間が止まったかのように広がっていた。

「気軽には行けない」

この言葉の意味がはっきりと分かった。
記憶の中にある光景と全く違う光景で時間が止まったままの状態を受け入れられないのだ。
そこに知ってる人たちが生活していたという痕跡がほとんど見当たらない。
それはもしも、オイラの街がそうなったら、やっぱり到底受け入れられるものではないんだなぁと感じた。
やっぱり元の場所に人の生活が戻ってこないと傷は癒えないんだ。

ホテルに到着すると、窓の外に虹がかかっていた。
希望の未来へとかかる虹になって欲しいなぁと祈った。

夜は、大学時代の2つ上の先輩とご飯をする予定だったけれど、先輩の職場で利用者が行方不明になってしまったので、久しぶりの再会はおあずけに。

オイラが泊まるホテルのすぐ近くで「ロックおくの細道」が開催されていたので、当日券で参加。
KREVAとスピッツは鳥肌ものの圧巻のライブだったなぁ。

ライブ終了後は先輩も時間がとれることになったので、月の宴で再会の乾杯。
こうして夜は更けて行くのだった。


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