兼松孝行の日々つれづれ

2009年05月21日(木) 猿尾堤(さるおてい)

木曽川の(今となっては)堤防の外側(堤防から見て川の方が外)になってしまった、扶桑町内の旧岩手村跡に今も何気なく残っている石積みの土手を猿尾堤という。
上から見た形が猿のしっぽに似ているから猿尾堤と言うらしい。
これは、揖斐川の輪中みたいに水害から村を守るために作られたものだ。
だから歴史の遺構として文化財指定をするかもしれない由緒正しき土手なのだ。
読みを文字にすると「さるおてい」なんだけど、みんなOとUが反対になって「さろうてい」と発音する。
これは何故かは分からない。
「さるおてい」としっかり発音すると、何故だか違和感を覚えるのだ。

まあ、それはさておき、仕事の絡みで、この猿尾堤の歴史を調査することになった。
今ある公園の土手が昔の堤防跡なのか、それとも単なる土手なのかということだ。
現地を隈無く調査すると、あちこちに石積みの跡が発見された。
ということは、猿尾堤なのか?

市販されている天保時代の絵図を広げてみると、現状とは違う位置に猿尾堤が描かれている。
と言うことは猿尾堤ではないのか・・・

今度は公民館で扶桑町の歴史に詳しい人と明治時代の古文書を広げてみる。
こっちには、おお!
見事に土手の位置に猿尾堤が描かれているではないか!
スケール当ててもかなり正確に今の地図に当てはまってくる。

これで現地は猿尾堤に決定だ。

仕事とはいえ、ほんのちょっとタイムスリップ出来て楽しい調査になった。


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