| 2005年09月03日(土) |
ナナパッチン「天使予報」 |
ひょっとしたら客席じゃなくて、音響卓をいじってかもしれないナナパッチン2回目の公演「天使予報」。 だからかもしれないけれど、余計に作り手として芝居を見てしまう。
演出・役者の役割って何だろうって自問自答しながらずっと見てた。 そう言う意味ではいろんな答えの転がってる芝居だった。 それをものすごく乱暴にいうと、空間を支配するのが演出で、場面を支配するのが役者だ。 役者は台詞一つ一つを成立させていき、その総体を役者の立ち位置、様式の統一や場面転換、音響、照明、お客さんの気持ち、小屋の状況などを意識しながら空間レベルまで成立させるのが演出のやる仕事だと思う。
その意味で、今回の芝居はどうだったんだろうと思うと、いくつかの視点に対してアプローチした形跡がなかった。 同時に、自分自身がずっと芝居に対して考えてたことは間違いではないなと、確信をさせてくれるような芝居だった。
公演のアンケートには「良い芝居が見れて幸せだった」と書いた。 その気持ちに偽りはなく、お客さんのオイラはだいぶ満足して劇場をとにすることができたし、ある意味悔しいと思う気持ちもあったり・・・(笑)
公演そのものの感想を書くと、偶然の出会いと必然の別れの間をどう過ごしていくかって事を描いた作品だった。 題材自体とても魅力的で共感できるものだった。 描き方に深さがなかったなとは思うけど、先日お邪魔した稽古状況から見ればかなりいいところまで作っていったんだなと思う。 役者もスキルの高い人が多く、その点で短時間に芝居を作るための条件はそろってたんだなと思うし、上手くなったなって思った人も何人かいた。 そのなかでも、ひろみ役の川口さんは声が良くなった。 声がよくなったと言うのは、音や色の話ではなく言い換えるならば、声に教養が見えるようになってきた。 台詞に説得力がある。
そう言えば芝居中に何度かオイラの芝居で使った曲が流れていて、その時の場面がフラッシュバックしたりもしたな。
とまあ、一の芝居のことは色々と言える。 言った分自分で体現していかなくてはと思う。
この芝居がある意味自分の気持ちに火を付けたところはあるかな。
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