昨日の小学校の刃物男の件だが、別の小学校の教頭先生と話す機会があった。 正確には、「近くの中学校で女生徒が襲われた」ということだ。 小学校での伝え方がどうだったのか分からないが、弥生の小学校区では子供も親も小学校に刃物男が現れたことになっている。 刃物男の問題はもちろん大変なことだが、同時に学校の情報伝達の仕方も問題があると思う。 ちょうど、その日の夜に「金八先生」で風評について危惧する職員会議の模様が放送されていた。 また、前日見たDVDには「9.11」のWTC内の崩落寸前の記録映像の中に人々がうわさで流されていく様が映し出されていた。 情報伝達の方法を考えるきっかけがいくつか合ったわけでが、考えるに小学校での先生の児童に対する情報の伝達方法が、悪い意味で中途半端だったのではないかと思う。 弥生は「変な人が校門の近くに出たって先生が言っていた」といい、弥生の友だちは「私は見た」といい、親たちもその言葉に振り回されていく。 一昔前なら笑ってすましてもいい世の中だったが、今はそういう状況ではなくなっている。 情報は出すなら全部出さないといけないと思う。 出さないなら全く出さない。 ちなみに正確な情報を聞いた学校では、子ども達には一切何も伝えず、先生が下校時に何気なく子ども達と一緒に歩いていったようだ。 情報を伝えないのであれば、それが現段階での正解だと思う。 一度流れた風評を消し去るのは簡単なことではないが、正確な情報で不安がなくなっていくのであれば、そんな努力をしていきたい。
と、稽古の話をするつもりだったけど、前段が長くなってしまった。 稽古は後半のクライマックスシーンを詰めていった。 段々見ることの出来るシーンになってきた。 そして、魅せることの出来る役者と、そこまで技量のない役者との差がこの時期に来て見えてきた。 そこをどうまとめていくか。 どうそこあげしていくか。 これからは役者自身の成長だけでなく、演出からも成長を促す物言いをしていく時期にきたのかな。 演出的には大変な時期になってきた。
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