| 2004年03月25日(木) |
四月になれば彼女は公演パンフレットご挨拶 |
今年の1月6日に3人目の子どもが出来ました。拓矢という男の子です。 ハッキリ言ってものすごくかわいいです。間違いなく親のひいき目ですが(笑) 親になると言うことは、正直こんなに楽しいことだとは思いませんでした。
モンゴル800の「小さな恋の歌」ありますが、生まれたての娘に書いた曲です。 彼が何故こんな歌を書いたのか、その心境がとても良く分かります。
子どもは親の知らない間に勝手に大きくなります。そして一緒に時間を過ごしていくことで、気が付いたら自分達も子どもから「とうちゃん」「かあちゃん」とよばれ、子どもに親にさせてもらうんだなあと、そして、子どもと一緒に成長していくんだなあと感じます。
子どもたちと過ごしていると、自分の今まで生きてきた証をこの世に残せたと言う安堵感と、いつまで一緒にいられるんだろうという不安感が同時に押し寄せることがあります。 それは同時にオスとしての役割の終わりを感じ、そして自分がこの世からいなくなってしまうことを強烈に意識する瞬間でもあるわけで、そう思った時、親は「個」になって自分自身の人生を振り返ったり、この先の人生を考えてみたりするもんです。
自分はもともと臆病者なので、親が子どもを庇って代わりに刺されたとか、そう言うたぐいのニュースを見る度に、どっからそんな勇気が出てくるんだろうと思ってました。 でもそれは勇気とか呼ばれるような生半可なものではなく出来る限り自分の記憶(DNA)をこの世に残しておきたいと言う本能とも言うべき欲求が、いざという時に自分の身よりも子どもの身を庇うんだろうと、最近思えるようになりました。
基本的に親が子どものことを考える時、子どもの存在そのものを全肯定するところからスタートするんだなと。 子どもがいなくなることは自分がいなくなることに等しいんだと。 それは親がいなければ自分がこの世に存在しないことと同じなんだと思うのです。 だから存在を肯定する所からスタートしていくんだと思うのです。
そして思うのです。 子どもたちに自分達は何を残してあげられるんだろうかと。 今の世の中をそのまま次の世代に渡してしまうのはあまりに申し訳ないような気がします。 環境でも社会システムでも家の作りでも何でもいいから、何か一つでも多く子どもたちの為にいいものを残してこの世を去りたいもんだと思います。 芝居もその一つだと思うのです。
今回の物語は、15年ぶりに帰ってくる母親と子どもたちの物語です。 15年と言うのは途方もない時間です。 こんなに離ればなれになった親子がまず最初にする会話はいったいどんな会話なんでしょうか?
そう言えば、間もなくペナントレースも始まります。 今年はドラゴンズやってくれそうでワクワクします。 落合監督の言葉は、こうして芝居で演出したり集団をまとめていくと言う上では、とても参考になることばかりです。 そして今年は50年ぶりの日本一奪回へ動き始めます。 劇団Beansも同じように成長していきたいと思っています。
この先何年劇団Beansを続けていけるか分かりませんが、この劇団Beansとともにみなさんとドラゴンズの優勝を祈り・・・あ、違った、この劇団Beansとともにみなさんと一緒にこれからの混沌とした世界を見つめ続けていきたい。 そして、子どもたちに何かを残して行きたいと思います。 手始めに次回公演はオリジナルの台本でやってみようと思っています。
本日はご来場誠にありがとうございました。 こうして芝居を続けていけるのも今日この日、ここに集まって下さった皆様あってのことです。 感謝の言葉につきません。 ごゆっくり御覧下さい。
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