兼松孝行の日々つれづれ

2003年08月17日(日) ミラクルスペース「見果てぬ夢」

うちの劇団員が客演したミラクルスペース「見果てぬ夢」を春日井市文化フォーラムに見に行った。
春日井市文化フォーラムでは雪駄を履いた黒ずくめの、この建物には似合わない男にまずあった。
彼は昨年度までオイラと同じ職場で、いろいろ縁あって今は春日井市で働いている。
元気に働いている姿を見れてなんともうれしい限りだ。

さて芝居の方だが、観客の観劇マナーがあまりに悪いので、怒れて来た。
隣に座った女の子は芝居中携帯電話をいじりまくり、画面が明るくてうっとうしかった。
メールは芝居終わってからやれ!

携帯電話でふと思うことがある。
芝居やコンサートを見終えてから、いつ日常の世界にシフトして行くんだろう。
そう、携帯電話の電源を入れる瞬間だ。
この瞬間非日常の世界を離れ、日常の世界に戻る覚悟をする瞬間だ。
それだけこの携帯電話は生活に密着してきているし、どこにいても外の世界とつながっていると言う意識させる道具だ。
ある意味全く困った道具でもある。

話は横道にそれてしまったが、芝居の全体的な感想は、この芝居が持っているはずの死生観なり流れている空気なりを感じる瞬間がなかった、ということだ。
役者は頑張ってた。
とても頑張っていた。
うちの劇団員も頑張っていた。
こいつの今まで見たこともない、いい芝居をみた。
演出が本番まで落としどころを見つけることができなかったのかな、と言う感じだった。

芝居は役者の気持ちだけをみせていくものではない。
その空間に流れる雰囲気やにおいも見せて行かなくてはいけない。
そのためには音や明かりも大事な要素だ。
でもそれがご飯の漬け物みたいな使われ方しかしていなかった。
役者の芝居が良かっただけに、残根でならなかった。
場面場面紡いで行く作業は演出の仕事だが、役者に手をかけて行くだけで本番の時間が来てしまったのかな、と言う風に見て取れる芝居だった。

ただ、ミラクルに少なからず個人的な接点がある劇団Beans代表の立場からすると、うちの劇団員をよくぞここまで成長させてくれたなあと感謝の気持ちでいっぱいだ。
自分の子どもの発表会を見に行く親みたいな感じだ。
最初の出番で緊張してみていたのは、きっとオイラだけではないはずだ。
これだけできる役者に囲まれて芝居の出来た彼は幸せ者だろうし、その機会を与えてくれたミラクル代表のイクラさんには感謝の念につきない。


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