兼松孝行の日々つれづれ

2002年07月02日(火) 北区つかこうへい劇団「熱海殺人事件-モンテカルロイリュージョン-」

久々に車を飛ばして嫁さんと大阪に観劇に行く。
車を降りた途端、大阪弁が聞こえて来るこの街は、まさに違う街にきたんだなあと思わせてくれる。

今回はシアタードラマシティーの最前列の席での観劇である。
ほんの数カ月前に自分達でやったばかりの芝居を見せられると言うのはなかなかない経験だ。
開演前ロビーに飾られている過去のつか芝居の写真を見ながら、この芝居のことをいろいろと考えていた。
初演からから10年たった今、どんなメッセージを込めて行くんだろう。
役者にどんな姿を追い求めているんだろう。
そして、この芝居を見たあとに自分の気持ちの中で「熱海」をやったことに対して後悔の念が芽生えたりはしないだろうか。

つかの芝居は口立て芝居といわれ、稽古場で作家兼演出のつかこうへい自身から、目の前の役者に相応しい台詞を口頭で伝えながら稽古を進めて行くのである。
当然主演の阿部寛も初演から時が立っているわけで、その時と全く同じ台詞を口にできる肉体でもなければ、経験も違う。
そして、今回の熱海はその10年をちゃんと感じさせてくれる舞台になっていた。
言い方を変えれば、その経験を見せてくれた芝居ではなく、ちゃんとオイラ達が生きている「今」を感じさせてくれる芝居になっていた。
内田有紀の水野朋子もそれ以前のものとは違うキャラでえがかれていた。
一番違うのは、幸せを自分の手で追い求める女になっていたという点だ。
これは彼女のもつキャラがそうさせているだけではなく、まさに社会の上での女性の変化でもあるような感じである。

さて、全体的には久々に恐い芝居を見たと言う感じだった。
最前列で見ていたせいもあるのかも知れないが、阿部寛がみせる木村伝兵衛の狂気の部分が全面に押し出されていて、背筋の凍り付くシーンが何度も襲った。
狂気の部分をちゃんと空気として感じさせてくれただけでこの芝居に必要な部分の殆どと言っても過言ではないと思う。
阿部寛がいてこの作品が初めて成り立つと言う意味がとても由く理解出来る芝居だった。

この芝居は4人の役者で進められて行くのだが、意外だったのは役者それそれ持ってるメトロノームのスピードが違っていたと言うことだ。
しかもバラバラではなく早いのと遅いのが3対1だったのだ。
なので後者1人がでているシーンは、全体的にチグハグな展開だったのが悔やまれる。

つい数カ月前にこの芝居と戦ってたせいもあって、気がついたら目の前の芝居と自分達の芝居を比較しながら見たり、稽古場での風景が突然フラッシュバックで脳裏に蘇ったりして、なかなかお話にのめり込んで見ることが出来なかった。
きっと「熱海」に今まで触れてない状況で見ていたのだったら、大絶賛間違いなしの芝居だった。


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