| 2004年08月07日(土) |
天然工房夏合宿1日目 |
例年だと2泊3日で行なわれる(らしい)夏合宿。 昨年はのぶさんから、役者と心理学の何とかとかいう難しいお題のレポート発表がかせられて、合宿出発から怖かったもんですが、今回は御題もないし、楽チンだ!と思っていたら、昨夜、合宿番長つかちゃんから、メールが転送されてきた。それで一気に気が引き締まる。座禅修行は、本気でいけ!ということで、朝8:30に新宿に集合した面々は、いささか緊張の面持ち。本年はスケジュールの関係で1泊2日ですがかなり濃厚な合宿になりそうです。
中倉かおりんカーと平川しんちゃんカーに分かれていくわけなのですが、合宿番長2年目のつかちゃん、今年はわざわざくじ引きを作ってくれて、それを引いての分乗になりました。
総勢11名の参加となった今回、2台の車に分乗するのですが、11人だと5対6.実はちょっと座席が足りない。経費削減に付き、たくちゃんがかおりんカーの荷台に乗車。荷物とかはいるところにすっぽりとおさまって、くまさんのようでした(笑)たくちゃんは過去何度もここに座っています。だんだんたくちゃんの指定席になりつつあります。私や牧姉も入りたかったんだよね…
で、一路、上田に向かう。外は晴天。絶好のドライブ日和。 流れる曲が「ドラマのオープニング」の様でなかなか良いスタート!
途中、ドライブインによる。 帰省ラッシュと重なってかなり道が混んでいて、お昼が食べられるか微妙、ということで、物色。ドライブインでは、まっさきにのぶさんがソフトクリームを買いに行き、牧姉は、きゅうりの前で立ち止まっている。「浅漬けアイスきゅうり」というもんで、串にきゅうりが一本丸ごと刺さっていて、氷で冷やしてある。「これ一本食べていると、キリギリスになった気分…」ということでお裾分けしていただく。うん…確かに…
そしてまた颯爽と、出発!上田につきました! 車出たとたん「あちー」の一言。さえぎるものが何もない直射日光バリバリ浴びて、へたる。そして向かうは佐久。「夜回り先生」の講演会を聞きに行くのです。今回もまたお世話になる長昌寺の和尚様のお勧めなのです。
佐久のホールにはたくさんの方が集まり、夜回り先生こと、水谷修さんの講演を聴き始めました。
これは、すごい講演会でした。 いつの間にか、話に引き込まれていきました。 今の世の中における、第4次少年犯罪多発期を迎えてというお話。 窃盗・性非行・性犯罪・薬物乱用にまつわる、青少年のお話です。
水谷先生は、夜間学校の教師をされつつ、もう13年も夜の街に出て、そこで生きる若者達を、昼の世界に戻そうとしている人です。夜間学校が終わってから、繁華街に出て、子どもたちに声をかけて回っているとの事。
どんな時間がかかっても、一人一人親身に、メールや、電話で対話を続けているとのこと。決してそういう子どもを怒ったりしない、むしろ「いいんだよ」と認めてあげること。子ども達がこのようになってしまった要因は、すべて大人にある。大人たちがホントの意味で子どもをわかってあげなければ、このような子ども達はどんどん増えていってしまう。という話なのです。
夜回りや対話してきた生徒たちとの話、涙なしでは聞けませんでした。 実体験と言うものは、それほどに説得力をもつのです。 売春やドラックに走る少女の話。これは決して他人事ではない。 私もねー、暗い少女時代だったので(^^;)時代が時代ならそういう人になっていた可能性は大なのです。だれもが、そうなる要因を持っていて、そうならなかったのは、やはり「愛」なんだね。改めて両親へ感謝。年取ると涙もろくなるねえ(笑)
私が幼少時代もっとこういう先生がいたら、もっと変わっていたかなーなんて思ったりもしたよ。とてもいい話ばかりでした。今毎日新聞でコラムも書いていらっしゃるらしいから、是非、見てみてください。
私たちだって、いずれ親になるわけで、その心構えを聞いたような(笑)そんな感じ。子ども相手だけでなく、これは今の生活の、今この瞬間から、自分の周りに対してもできることです。
「『こども』って必ず『子ども』と書くんだよ。何でか知っている?『子供』と書くと、『子を供える』になるからね」とは、我らがリーディングのぶさん。なるほど…。さすが!
なんとも、深い講演でした。そして、終了後今回の講演を勧めてくださった和尚様の待つ長昌寺へ。
2度目の坐禅体験。着いてからさっそくご飯の時間。 持鉢(食器)も音を立てておいてはいけないし、おみそ汁注ぐ時も、音をたててはいけない。おつけものも音たててはいけない。はてさて(^_^;)
でもね、2度目にて分かったのは……いかに普段、自分に余計な力が加わっているか。力を入れるから、音を立ててしまう。音を立ててもいいや位力を抜けば、全く、普通にできるのです。普通はやっていることなのです。規制がかかるから、自分にも規制をかけてしまうんですね。なるほどなのだ。 全く、芝居と一緒です。
びりびりする足を何とか奮い立たせ、立ち上がっていよいよ、坐禅。 調身・調息・調心。自分を良く見つめて。 こういう時間でもないと、自分というものはなかなか見つめることができない。なんて言うのかな、目指す先っていうのがちょっとだけど、イメージが見えた。たぶん、そこに行きたいんだろうと思う。 お線香がたかれて、坐禅。鈴がなって、終了。それを幾度か繰り返しました。丹田で考えて、呼吸して、思うこと。それがすべてのような気がします。
ンで、そんなわけで、夜9時には坐禅終了。 そのまま部屋に戻ってみんなで布団をひいて、雑魚寝。 ……今日はアジアカップの優勝決定戦。 ……もちろん、見逃さなかったよ。ちゃんと見たよ。
布団にはいるころ、他のみんなは既に寝息を立ててねていました。 東京よりもグッと涼しくて、虫の音も聞こえて……お寺の夜は更けていくのでした。
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