| 2002年09月04日(水) |
舞踏とシスター石原についての考察 |
昨日リンちゃんが泊まっていって朝一番のバスで帰っていった後は、はがきを作成し始めた私ですが、洗濯したり掃除したりしようと思っていたのに、全然出来ない。疲れて寝てしまっていた。
午後から起き出して、機動力にかったパンがおいしくなくて、そのまま洗濯始めたところに、帰ったリンちゃんがまたこっちの方にでてくるというので、私も出かけて、お茶する(笑)
帰ってきてから、今日から新しい、習い事をするのだ。舞踏。舞踏って昔に見たことがあるけど余りよくわからなくて、あと前にゆいちゃんが客演した舞台で、それに近いのを見たの。で、それを習うことになったの。
今日は、ゆいちゃんと、私と、りぼんさんで、先生となる可知さんにあって、某所で教わる。教わるといっても・・・むずかしいの〜
自分を無の状態にするとか、歩くの一つでも本当に難しいの。 これから少しでも、勉強になればいいな。
あっというまの2時間強。 終わってからかえって、久しぶりに川崎さんとお話。 お元気そうで何よりでした。
ところで、今日はちょっと深刻な話。 ここのところ、私がMMCの話ばかり書いているのでいろんな方から、いわれているみたいなんだけど、決して私は星座のことないがしろにはしていないっす。MMCに入るとか、そういうことも書いてないです。 実際この先のことは誰にもわからないし。私にもわからないし。10月公演中止になってしまうし。
この日記は私の日記なので、自分の気持ちには正直にいたいけど、だから感じたことをそのまま書くんだけど、いいものを、いいといえる人でありたいのです。
あえてここで悪口を書くようにはなりたくないし、あんまり考えて書いてないので、深読みとかしないでありのままを受け取ってくださるとうれしいんですけど・・・
ワークショップに参加するというのも、単純に『もっともっと知りたい、勉強したい』という勝手な欲ですから(^_^;)
で、あとはもう一つ。 掲示板でかかれていた疑問に・・ 『シスター石原のあのポジティヴさを忘れないパワー』ですが・・・
今回の役に当たり、当たり前ですが考えました 『なぜ、シスターになりたかったの?』と。 石原も昔は、ホームで育ったんですよ。
幼い頃に両親が離婚して、父が出ていき、母親に放棄されて、親戚を転々としたのですが、結局そこからホームへ。 でも、ホームに行ったときには、引きこもりみたいになってしまい、ある種の人間不信になって、ぜんぜん自分から人の輪にはいる、ということも出来なくなっていたし、したいと思わなかった。 ところが・・いたんですよ。そこに。おせっかいなシスターが。いやだっていってるのに、賑やかに私のところへ来ては、やたらに話しかけたり、いつも笑っていたり、みんなの輪に一緒に自分を引き連れて入っていくんですね。そこで、少しずつ、私の鉄格子がとれはじめていったんです。
物心つく頃には、『自分も、あのシスターのように、太陽みたいな人になりたい。自分がもらったものを、今度は返したい』そんな思いから、シスターになりたいと思うようになったんです。 そして、やがて、聖ルカホームの宴会シスターの座を射止めたと(笑) でも『負けない、泣かない、強さじゃなくて 傷つき悲しむ人々と 一緒に泣ける勇気を、一緒に感じる心を』欲していました。子供のまんまみたいな感じで、シスターになったから、子供と一緒に遊ぶのが好きだし、賑やかなのが好きだし、一番、子供の目線に近いところにいられるシスターになりたかったんですよね。子供と一緒に笑ったり、楽しんだり、泣いたりするのが、すごい好きでした。
そんな感じかな?なんてふつうはこんなことここには書かないけど^^ こういう風に作るからこそ、そこに人が生きていることになるんですよね。 人には、その人の生きてきた、歴史がある。その歴史をしょって、舞台の中で生きることが、私(手塚)の目標なんです。
うにゃーなんかいっぱい書いて恥ずかしい。でもいっか。私の日記だし^^
|