まぁ、困ったときの神頼みとよく言います 私の他界した祖母宅は、戦前戦後商いをしていたので、その大きな家の庭にお稲荷様がまつられていた そして、毎食お稲荷様への供物と仏壇へのあげさげが日常だった 今時珍しい先祖供養の50回忌もやったほど 信心深かった
幼いころ、その祖母の家によく預けられていた私はそのお供え物のお手伝いを不通にさせられていたわけです 毎月命日のお墓参りもしかり 母にはあんたがそんなに信心深かったとは… などと言われるけど、祖母の姿を見てまたその姿がとても美しくて清々しいもののように思えたので肯定的にとらえてしまうのでしょう
たぶん、ほんとここ数年 御朱印参りが流行ってるけど、そういう感じではなくて なんだか呼ばれてる感じがするから行くというような感じのものです まぁ、去年の春からの神社参りはなんかもう神がかってるというか ちょっと考えられないような物事の運びでした しつこいけど、今でもこの毎日が嘘のようなので
色んな本なんかを読んだりしてると、神頼みとは言うものの ある種瞑想に近いものなんじゃないかなとか思う 神社参りって お願い事をしに行くっていうよりも、お礼を申し上げるって感じなのが本当は正しい参詣の仕方で 神様にお礼を述べているようで、これまで頑張ってきた自分をちゃんと認めてあげてねぎらってあげているのかもしれんな、などとも思うのです そうすると、今横にいてくれる人への不満よりも感謝の気落ちのほうが出てくる 特に色んな夫婦を見てきたから、最も思うのは夫婦って相互作用だから 感謝を互いに忘れるとよいことはおこらなくなってくなって思う
別に特別立派な仕事じゃなくても、特別地位があるわけじゃなくても、世界で唯一の大事な人だって 忘れずにいたいもの
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