体を交わしたこともないまま同棲生活がスタートし そうした異性の下着をベランダで干す生活にも慣れ そしてやってきたその日を境に生活は一変し そうして年が明け 診察の日 子宮筋腫だとこれまで言われ経過観察だったシロモノが実は卵巣嚢腫だったのではないかとなった かなり大きなサイズで見つかったクリニックでは対応できない為、都立の大きな病院を紹介される 発見時は手術だなと思い、大阪でするが良いか東京でするが良いかを思案した 連休も重なってその間色々考えた 別段大きな手術ではない しかし、本当に体にメスを入れるしか手立てはないのだろうか 体の中で何か滞りがあるからのこのオデキ ライフスタイルを見直した一昨年の秋 それから一年半経った 切るのが怖いのかと問えば、怖くないと言うのは嘘だろう しかし、人本来に備わる自然治癒力はそれほど微力なものなのだろうか 不要物を排出できない状態に体がなっているだけの事ではないのだろうか だとすれば、それを排出すればいいだけの事ではないのか 切る事が怖いのではなく、そもそも現代の西洋医学だけが全て正解だとも思わないのだ 麻酔や点滴や場合によっては輸血など、ある意味不自然とも言える行為を行う事の、先への影響のほうがやや恐怖である そうしてその未知の恐怖を得てでも手術する必要性があるものなのか それもやや疑問である 卵巣嚢腫の問題点はそれによる茎捻転や妊娠への影響、嚢腫が腫瘍であった場合といったものだ つまりは、それ自体が命を左右するものではない しかし、保持したままにするにはリスクが高い為切ったほうが良いといった所だろう すると、ふと頭に浮かぶのは虫垂だ 諸外国では生まれた時に虫垂炎を危惧して切除してしまう国があるという 虫垂自体には原始時代の名残で、大した機能はなく炎症を起こすリスクがあるのだから切っておけば良いという考え方だ しかし、近年虫垂には腸の働きを助ける機能があるという説が出てきている 卵巣嚢腫は虫垂とは違ってもともと体に備わっているものではないので、なおこと切っちゃえとなるのも理解はできる でも、メスを入れた後のリスクのほうが気になる 現代では解明されていない何かがまるきり0というわけではあるまい
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