自分は自分の人生の主であるのに ビジョンをもって生きてこなかったように思う 短期的な想像を巡らせてはきたものの それは、なんだかぼんやりとしていて明るくも暗くもない 今をやり過ごすには、といった傾向のものがとても多かったように感じる
中学の時から特に切れもせずにぼんやりと繋がってきた友人に会う機会があると劣等感のようなものを感じる 40歳を目にして、このまま子供のない人生を送るのかと自問してできちゃった結婚をさっさとした人 子供は好きじゃないと明言していたにも関わらずあっさり出産 そして子育ては妹に任せて自分は職場復帰している またある友人は、ずっと実家暮らしで株式投資のお金が必要な時にアルバイトして今や親から譲り受けた株や自分自身も株の運用をしてあくせく働くことなくお金を得て甥っ子の面倒を見ながらまったり生活している
いわゆる世の中の多くの人が非常識とでも呼びそうな、稀な生活スタイルでもある 二人に共通している事は、人からどう見られようが軸がしっかり自分自身にあるという点だ 自分はどうか なんだかんだ自分の意志はあるものの、周りの色んな物や出来事に翻弄される人生を送っているではないか 主体性がないのだ 自身を鼓舞する術は持っていても、どこか周囲の評価を気にしている所が抜けきらず、世間がよしとする生き方を、人から称賛されるような生き方を選んでしまっているではないか 軸が自分にありそうで、よそにある まさに浮草のようなおぼつかない不安定な生き方だ もともと脆い気質の上に、そのような選択をしていては今後も何も変わりはしないだろう
だから、今は一日一捨している なくなっても困らない事のなんと多い事か 浮草のような生き方を安定させる為に、どうにかしようとしてやってきた事は 逆に己の身動きを硬いものとしただけで、不必要な物まで多く抱かせていた事に気付く もっとシンプルに、無理だと頭で決めつけず自分の心がやりたいと願うなら やってみればいいだけのこと
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