THOKOの日々

2016年10月17日(月)

経営トップの親戚がこの春先にサ高住に入ってきた
70代で病気知らず、非常に元気だったというその人はたった一度の転倒で血まみれとなり救急搬送
食事は胃瘻となり、自分の意志で動かせるのは眼球と片方の手だけとなった

今や病院は急性期の治療をする場所で、療養する場所ではない
後遺症の分類に入るとそれはもう安定期なのだ
当然状態が安定するとあとは病院で24時間体制で管理する必要がなくなるので、退院の運びとなる

しかし、現在の日本社会ではその退院後の受け皿が不足している
自宅か施設か選択肢は大きくこの2つ

独身で、子供はなく医療ケアがないと生きていけない状況となったが、施設は入所するのが困難である
老健は3ヶ月で出なければならないし、特養はどこもいっぱいで空き待ち状態
療養病院は法律改正で減少の一途
こういった社会的背景が、医療依存度の高い高齢者をサ高住へ流れさせている
ただ、サ高住はいわば掃除付きの高齢者専用の賃貸住宅なので医療や介護については別途料金となり経済的に余裕がなければ入れない
ちょっぴり高級なシェアハウスに、管理人が常駐しているといったほうがより適切か

自宅となると、医療者や介護士がケアをする事になるが、自身の唾液や痰で喉を詰まらせ窒息する可能性もある
つまり、見守りが24時間にわたって必要な状態である

一般の人なら、親戚などが相当苦労する事になってしまうわけだが、幸いな事に近い親戚が施設を所持し、かつ医者でもあるという事で手厚いケアが受けられることとなった

おかげで私の日曜日は時々仕事になった
毎年年末だけは決まった連休があるのだが、今年の年末がどうなるのかはあえて気付かないフリをしている
別途手当でもあるなら割り切れるが、代休さえままならない上に休みを取れる曜日まで限られている
大好きだった3桁の入居者も亡くなり、仕事はきちんとしているもののここで働いている事の意義がいまひとつ見いだせずにいる

毎晩ストレッチをするようになり、ジムにも週2回通うように習慣づいてきたので、リフレッシュにもなっている
そのおかげで、やめたい気持ちでいっぱいというわけでもない
日々起こる色んな不満や不安を適当に飲み込んでここで流されながら働いていくのもいいだろう

だけど、「もう年だから無理やわ」という限界を自分で決めてしまうのはいささか早急な気もする
人生でどん底だった時期を、さして味わう事もなく一生を終える人もいる
そういう意味では3回はもう味わった事を自覚しているので疲れたわ、という感想も持っている
私の生き方を、高みの見物をして面白がっている人もいる
けれど私は知っている
苦難を乗り越えられるというのは、もはや才能である
高みの見物をしている者には、そういう才能が欠落しているのだろう

体は魂の入れ物だ
最高に気持ちよくいられるパフォーマンスのできる私になろう
そのためにすべてを整えていくのだ

私にはまだやりたい事がある
その為には看護師である事も、そこに行きつくための通り道の一つなのかもしれない


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