祖母の一周忌だった 今回も遠路、祖父方の縁戚が来ていた 昔から血筋にうるさい母はここぞとばかりに私を売り込んでいた とてもへたくそに
祖父方の血筋は地域では名士の家柄らしく、お屋敷は石垣の上にあるそうな 昔そこに嫁ぎ話も出ていた母は名士で裕福で金に困ることのない生活をしているその親戚を羨ましそうに見ていた しかし戦後のもらわれっ子時代に育った祖母が、母の嫁ぎ先にそこをおす事はなかった 勤まらない事を見越していたのだろう
茶道、華道、日舞、裁縫、文楽、歌舞伎、琴、短歌、俳句、着付け。 普通に生活するには役に立たないものばかりを備えた上、お勤め経験なし 人の顔をたてるという事も知らず、本当にお嬢様に育ってしまった 姑の面倒なぞ見れるはずもない母は、本人の言うところの格下に嫁いだ 時代は、長男の嫁に財が継がれるというものだった
祖母70代の時、私にあてた手紙が出てきた 私の境遇を嘆き、そしてとても詫びていた それでも祖母は、母の離婚を許さなかった 母に行くところはなかった どれだけ虐げられようとも帰るところはない 結局芯の弱い父がいなくなった
それぞれの立場と それぞれの想いと 私の見合い写真を撮ろうとせっつき始めた母 持病があるにも関わらず、ウソをついてでもどこかへ押し付けようと必死 30を過ぎて未だに母に養われている弟は、逃げれていいよなと口にする どこかで、報われたいと救われたいと願っていた己の愚かさを笑う
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