彼女は学生だった時、講師に告白された あまりに熱心にされたのでお断りのつもりで自分の持病の話をした
『そんなの一緒に治療を受ければいい事で、自分には何の障害にもならない』
その一言は、色んなことを諦めていた彼女の胸を打ち抜いた
彼女には『応援してる』『ファンだ』『将来楽しみだ』『幸せを遠くから願っている』 そういってくれる人はたくさんいたし、その少しずつ応援をたくさんかき集めて自分を奮い立たせる術もあった
けれど、「共に」という言葉をくれた人はいなかった その言葉こそ本当は何よりも望んでいたものだった けれどそんな奇跡は起きやしないという事も自覚していたからそれはそっと箱に入れて何重にも鍵をかけ閉まっていた
その鍵は開いてしまった その箱は開いてしまった 彼女はとまどった 今まで人が欲している言葉を言ってきたことはあっても実際もらった事はなかったその言葉を彼女は信じたかった 彼女はその人を見てみようと思った
立場上特別なことは何もなかったがほんの少し毎日が色づいた気がしていた 生きていていいんだと感じることができていた
そんな空気が続いた頃、実習の関係で隣のクラスと交流ができた
その中に連絡が途絶えてもなお講師を想い、待っている子がいる事を知った
「特別な感情を持つことはできなかった」と告げていればよかったものを講師はその子を傷つけたくないがために連絡をしないままで一月が経っていた
講師は諦めてくれただろうと思い、その子は忙しいから連絡がないのだろうと思い待っていた しかし、その間に講師は彼女と連絡を取り合うようになり、彼女も少し心が揺らぐようになっていた
彼女は自分の心に紙で切った傷のようなものができるのを感じた。そこからゆっくりと血がにじみ出てくることも、色づいた景色が褪せていくことも感じていた。けれど同時に怒りも誕生していた。誰だってむやみに人を傷つけたくはない。特に男性は男のロマンというか美しく終わりたいというような美学を持っている人が多くて修羅場を嫌う傾向が強い。そんな事は知っていたはずだった。でも、信じたくはなかった。持病のことをさらけ出すのは相当な勇気と覚悟が必要だった。そうした事を告げた後それでもと言ってくれたその救いの言葉をそれこそが真実だと信じたかったのだ。
目の前でしくしくと泣くその子を見ながら、話が半ばごろまで来た頃彼女は事実を口にした。「この頃私に連絡がある。どういう事なのか本人にきちんと聞いたほうがいい。私から聞いたと言ってくれていい。」と。同席していた数人の同級生は驚いて言葉を忘れていた。 その子は、「嫌われたくない。彼を好きなのか。」と彼女を責めた。 もともと実習にあたって必要性があって連絡を取っただけの事だと説明した。そもそもはそれが事実だった。 彼女は平静を武装しながら心で叫んでいた。 『太陽のもとで、人並みに誰かを好きになれる。そんな当たり前のようなことさえも私には高望みでしかないのか』と。
あらがえない定めを感じて彼女は講師に連絡する。 『Rさん、ぼろぼろになってますけど』 きっとその文面を目にした時講師は顔面蒼白だったに違いない。 どこまで彼女が知っているのかを急ぎ聞きたかったのだろう、すぐに電話が鳴った 彼女は自分の中に溜まっていく血を感じながら、’いい人’な講師に憤っていた。それでも冷静に事実を話した。 講師はその子に連絡を取り、数か月かかってようやく好きなのは彼女だと告げる。 今度はその子が彼女を追い掛け回す日々が続いた。その子も、’いい子’だった。『あなたが彼を好きなんだったら私は諦められるから』『彼はあなたのことが好きなんだって言うから私は二人を応援するわ』『ちゃんと連絡取っている?』『私みんなには黙ってるから心配しなくて大丈夫よ』 講師は講師で『その子を傷つけた自分が許せない』『その子を傷つけて自分だけ幸せにはなれない』と言いはっきりしない状況だった。
その間にも彼女の中の傷はじんわりと深くなり、流れた血は淵となって溜まっていった。揺らいだ気持ちはそのまま傷を深くするナイフとなり、彼らの言動はその傷に塩を塗る以外の何物でもなくなった
しばらくそんなことが続き、彼女はもう耐えがたい状態になっていた 講師とのメールと電話、猛勉強の日々 彼女は勉強を取った 講師とは外で会う事もなく、終わった
講師は、その子を傷つけそして彼女に消えない傷をまた一つ増やしただけだった けれど講師は気づかない彼女を傷つけたという事に そして気づかないのだから謝ることもない
とどのつまり、悪者の存在しなかったおはなしには悪者が必要。 三角関係の悪者としてキャスティングされたというだけの ちょっとした、よくある小話
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