そこから見る景色はいつもとは違って見えた。 遠くに聳えるビルの山。 瓦屋根の小高い丘を上ると、広がる駅前ロータリーの海原。 隣家との境には断がい絶壁の深い谷。 足元に注意しながら小学生の私は屋根伝いの冒険を楽しんだ。
小学4年、祖父母との同居を始めた頃のこと。
我が家は駅前の角地・一等地に建つ木造2階建ての商店。 始発から終電まで、人の行き来の激しい道沿いにあって 祖父母が自転車預かり店を営んでいた。 朝は6時前に店を開け、夜は日付けが変わる頃に店を閉める。 ネオンが窓を染め、バスロータリーからは 発着するバスのアナウンスが遅くまで聴こえていた。 庭はなく、遊び場と言えば自転車置場か店の前の路上だった。 駅前のポリスボックスのお巡りさんが日中はよくお茶を飲みにやってきた。 店先の公衆電話の足元にあるプランターを退かすと 10円や100円の小銭がよく落ちていて、 届けては「お駄賃に貰っておけ」と笑って手渡してくれた。 自転車を預けに来るお客さんにお土産を時々貰った。 夏場は店番をしながらアイスキャンディーを食べたり 打ち水をしながら道路に水で絵を描いた。 冬場は七輪の前に陣取り釣り帰りのお客さんから差し入れてもらった 魚やサザエを焼くのを手伝ったり 火鉢の餅をひっくり返したりしながら 世間話をしていくお客さんに熱いお茶を入れてあげた。
私達の生活スペースは2階にあって 2階から屋根上の物干台への階段は 古い木造で風雨にさらされ傷みが激しかった。 子供の私が乗っても下手をすれば壊れてしまうほどだった。 それでも天気のいい日はそこへ上って空を仰いだ。 流れて行く雲を眺めたり、夜には天体望遠鏡を覗き ネオンで明るい空に一生懸命星を探した。
どこから現われたのかネコが時々屋根の上から顔を出した。 面白がって弟とふたり、猫を真似て物干台の柵を越え 屋根の瓦に低く身を乗せて進んだ。 親や祖父母が見たらきっと卒倒するだろう(^-^; 2階建ての屋根の上から眺める駅前の景色は 普段窓辺から見えるそれと違って私にはとても愉快だった。
私はよく冒険者気取りで屋根伝いに近所の家々を探検した。 そしてよく近所の恐いオバさんに叱られた(笑) 瓦屋根を、家の境を飛び越えてカタカタと音を立てながら歩く。 本人は相当慎重に行動しているつもりだったけれど 家人にはねずみの足音より遥かに大きな音が聞こえていたのだろう。 その家の屋根は「山ン婆山」と命名した。
パン屋の屋根の上はいつも甘い香りがした。 焼き立てのパンの香りとイーストのツンとした独特の香りが風に漂っていた。 床屋の屋上にはピンクや黄色のタオルが 毎日風に吹かれクルクルと回転して遊園地のようだった。
パン屋の2階にゲームセンターがあって、 そこは深夜まで電子音が響いていた。 よく店のおじさんにコインを貰って お客さんのいない時間帯にゲームをやらせてもらった。 駅前の売店のおばちゃんとも仲良しで、 名物の大あんまきを鉄板で焼くのを手伝わせてもらった。 生地を焼いたり、アンコを乗せてくるんだり、 焼き立てを一番に頬張ったりもした。 その隣の売店、写真屋のおばちゃんには時々店番を頼まれた。 我が家の道向こうにある不二家のおばちゃんは 店で残ったプリンやケーキ、ドーナツをよく閉店後に持って来てくれた。 裏の紳士衣料品店のおじさんには、ままごとの相手をしてもらっり 父の日の贈り物を一緒に考えてもらったりした。 ネクタイをよく買ったっけ。 散髪屋のおじさんには子供のように可愛がってもらった。 手芸の先生をしているおばあちゃんには 手袋でよく指人形を作ってもらった。 バスの運転手さんには、時々バスの運行のお供をして 隣市までのコースに連れて行ってもらった。 メガネ屋の上に住むおばちゃんの家に上がり込んでおやつを沢山いただいた。 スナックの前で呼び込みをするお兄ちゃんと 道でケンケンパをして遊んだりもした(笑) 駅裏の使われなくなった飲み屋街の1軒に入って 秘密基地を作って楽しんだ。 懐中電灯を手にカウンターの片隅でジッとしているのが面白かった。 お寺の鐘をゴンゴン鳴らしたり、墓地の中を駆け回ったり とにかくご近所中を駆け回って遊んでいた。 お転婆とかやんちゃとか、そんな可愛い女の子じゃなくて 近所ではガキ大将だった(笑)
みんなみんな優しかった。 みんなみんなよく知っていた。 みんなみんな仲良しだった。 ご近所との付き合いが密だったんだなぁ、と今になって思う。 友達ともよく遊んだけれど、大人ともよく遊んだ。 いつだって好奇心いっぱいで、冒険をいっぱいした。
今日、空をふっと見上げた瞬間、何気なく 屋根の上から見たあの景色が蘇った。 あの時のドキドキ・ワクワクを、 テレビやゲームに夢中になっている 今の世代のチビ助達にも もっと味わって欲しいと思った。
子供にしか出来ないことがある。 子供にしか見えない世界がある。 今の大人が「諦め」てしまったことを、 子供達にまで押し付けてはいけないと思った。 凍った心のまま育てるよりウンと冒険して欲しいと思った。
大人にだって冒険はできるはず。 諦めや妥協で時間を追いこしていく前に、子供の頃の心を思い出してみよう。 冒険をしたいと思ったら、一度屋根の上に上ってみるといい。
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