おかーさんがダブルブッキングしちゃった歌舞伎のチケットを回してくれたので、一人でほけほけと見にいった。英語きょうしつが休みになってしまうのは悲しいなあと(Crisせんせとも今月いっぱいでお別れ)思ってたら丁度よく、というか休講の連絡が入って来た。
ギリギリ開演に間に合う予定が、うっかり四条の歌舞伎座を目指して電車に乗ってしまい、慌てて道頓堀の松竹座にとって返す。30分ほど遅れたので入場料2500円分ぐらい損してしまっただろうか。おかーさんごめんなさい。
1本目は「高時」で北条高時が雷とともに現れた天狗の群れに囲まれてさんざん嬲り者に…って書いたらHな話のようだな…からかわれてエライ目にあう話。舞台中をぴょんこぴょんこ飛び回る天狗軍団がオモシロかった。 間に舞いが二本入って、メインの演目は「義経千本桜」から三段。主役の「いがみの権太」は孝夫ちゃん、もとい片岡仁左衛門さん。 仁左衛門は好きだし他の役者も大物揃いで、シリアスな話の中に随所にコミカルな演出が入ってて大変見ごたえがあったが、それにしてもやっぱりどうにも、主役(権太)の父親が恩人(平重盛)の息子(維盛)を匿っていて、そこへ息子の妻子も転がり込んできて、敵の詮議が厳しくなったので主役が別の死人の首と(ここまでは分かる)自分の妻子を敵方に身代わりに差し出してしまう、とゆう展開は納得がいかない……。 しかしまあ、歌舞伎や文楽の仇討ちやら心中物やら義理人情物というのは大体において不条理なもので、実は昔から皆がうすうす「それはあんまりだろう」と思っていて、その納得いかなさ加減が却ってココロに残ったりすんのかなーと思ってみたり。 そーいえばペドロ・アロモドバルの映画もそういう所がある、のかも。
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