日記
日記です。なんかあれば書こうと思いますです…。

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2007年03月03日(土) 吉祥寺いったぽ。


Webのリニュ作業をやっています。デザイン的なものは大体イメージはできているんだけど,いざ作り始めると配色の関係がよくわからなくてつまづいています…。ここをクリアできれば後はさくさくすすめるっていうか…作り方はわかるのであとはただめんどいだけっていうところまでもっていけるんですけどね。

今日は吉祥寺にいってきますた。映画でもみようかと思ったんだけどみたい映画ナッシングだった。ユザワヤでF-4Eファントムのプラモ買った。

地下に本屋さんがあったので,プレゼンの本と宇宙の本を立ち読みしていた。説明がうまいかどうかは,実際の技術があるなし以上に重要らしい。技術や理論があっても,その説明が下手だと,自分の能力はまったく認めてもらえないらしい。逆に技術や理論をまったく知らなくてもその名前と,概略だけとらえて,要所要所をうまく説明できれば,実際の能力以上の評価をもらえるらしい。社会ではね。

その本には,著者が2人の上司の経験を書いていて,説明以外の能力は2人とも似たり寄ったりだったんだけど,1人は説明が下手で,しょっちゅう取引先に「(準備はしてあるのにそれが伝わらなくて)もっと準備してからでなおしてこい」といわれ,これで今日は徹夜残業決定か…人生オワタ(^o^)を経験したらしい。もう一方の上司は説明がうまかったために,取引はほとんどスムーズにいき,たまにトラブってもそれもすべて想定の範囲内で,楽な上司だったと。例え中身が同じでも,説明のうまい下手でこうもかわるんですよということらしい。

ものの説明には,まず誰に,何を,何のために説明するのかから入るらしい。説明は頭がいい人より頭が悪いほうがむいているとか。なぜかというと1つの説明で,きいているほうが理解できるのは3〜5項目までだから。事前知識のある人は自分の知っていることを色々と話そうとして結局なにがいいたいのかよくわからない発表になりがちだから,数ある知識の中からこれだけは伝えておかなければいけない項目だけを3〜5選び,説明する。

説明の流れにも順序があって,遠くから近くへか近くから遠くへと説明しなければいけないらしい。まず背景を述べて,その途中に入り,結論に入る。

でも,理系の発表というのは難しくて周辺の定理とか,プログラムでいえばサブ関数の働きを説明しないと本編に入れない欠点がある。これを説明すると結局本編に入る前にもういいよとなってしまうし,逆に説明しないでしょっぱな本編に入ると,抽象的にきこえてしまい具体性にかけるという欠点をうむ。そのへんは相手をみてということなんだろうが,相手が不特定多数だとそれもできない。

理系の人が発表が下手なのは,いろいろな周辺定理を覚えてそれをもとに新たな定理を導きだすことをやっているから,聞いているほうとしては周辺定理の羅列をひたすらきかされてうんざりするのだと思う。聞いているほうはそういうのはよせといさめるが,本人としてはそれは例えていうなら,織田信長あっての豊臣秀吉であって豊臣秀吉を織田信長ぬきで説明することなど不可能だと考えている。だから朝鮮出兵の話をすればいいのに本能寺の変を話しているということだからと,なんだか複雑なことになってしまうのだと思う。

文系の人の発表は理学の周辺定理のことなどなにもしらないから,かえってそれがいい発表になりやすく,大学でいえば理系よりも文系のほうに人気が集まりとか,社会でいっても計算より人付き合いを重視したりとか,そういう風になってしまうのだと思う。で,世の中あいまいなファジー社会になってしまうと。

難しいですね。

宇宙の本はガロフとかフリードマンとかアインシュタインとか羅列してあってアインシュタインの宇宙は一定であるが否定されたとかなんとか理系って確かにわかりにくいなぁって思った本でしたw

ではでは。

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