世を忍ぶ仮の日記
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2008年01月12日(土) 三献茶ナビ成

今日は近江は滋賀県制覇の旅、興奮し過ぎて一睡もしていません(内訳:正月の疲れが出て頭痛と目眩で昼間寝込んでいた。倒れても行く予定だったが回復)。
柚ちゃんと10時に米原駅からレンタカーを借りる。
レンタカー屋のおじちゃんに「何処に行かれるんですか」と訊かれ、隠したがりの柚ちゃんが「えっと、長浜か彦根に〜」と笑顔で言っているのに、乗り込んだ途端、カーナビに【小谷城趾】と登録してます。恐ろしい子!
私でよければ運転手伝うよーなんて良い子ぶってみたんですが「いいよあたし運転好きだし」と言ってくれたので全部任せました。そりゃ運転下手な一睡もしてない危険人物に運転任せたくねえよな。
今回のカーナビは、真面目な子で、小谷に行くまで良い子にしていたんですが、ちょっと道を違えると凄い勢いで訂正用の道を案内するか若しくは迂回しろとしか案内しません。融通が利かない子(しかも声が大きいのでちょっと小さくしようとすると一切黙して語らなくなったりとスネる機能付き)。
柚ちゃんが的確にナビをシカトして運転していると、大手門が見える。そのまま進むと資料館らしき建物がぽつねんと建っている。周囲には何も無い。目印、ゼロ。
大爆笑しながら、小さな資料館へ入ると、展示室誰も居ないのに撮影禁止で監視カメラ付きでした。
浅井プライド高すぎる!(爆笑)
ナビが案内してくれないので、資料館の人にお城の行き方を教えて貰いました。
正直、私が運転していたら泣いてたな、という山道でした。
「向かい側から車来たらどうすんだこれ!」
「来ない来ないあり得ないから!」
絶叫していたんですが、車止め部分にもう一台車があった。浅井、人気。
そして向かいに聳える織田陣跡山はとても眼前に迫り来るつくりになっていた。流石視覚効果の達人(勝手に決めた)信様。萌ゆる。
萌えたはいいが、金吾丸を登っただけで寒さと高低差と雨で頭痛してきて挫折して帰りました。中丸と本丸行ってたら死んでたに違いない。しかし無双2の長政様、あの本丸からいきなり織田本陣攻めるってどんな体力。どこに裏道…? あ、大手門からいきなり抜けると人はけっこう吃驚する?
恐ろしい山城でした。攻めにくいよ冬。
姉川でハァハァしようとしたら、冷たい雨に攻撃されて阻まれかけました。ちょっと見ただけで終わった。浅井の呪い、否、明智の呪い(今回背後にBASARAの明智の気配)。何も無い道で大量の鴉がギャーと集まってきたりするので怖くて仕方ありません。石田町に逃げろ!
小谷から姉川に抜けるあたりで「市のふるさと」という看板を見かける。
「所詮世の中美女が好き」という結論で長政よりも市が看板娘になっているものと思われる。
石田町で石田の家があったらしき場所と石田生誕の記念碑でハァハァして車の中から写真を撮る。
晴れてたら抱きついていたんだがな。
悪い、三成。寒かったんだ……。
そして柚ちゃんは長浜で車の中から三成三献茶の像も写真撮っていた。
あれ、見所は秀吉様の下半身だよ(裏)。
推定154〜156センチの秀吉様より小さい三成かわゆすなあ(注:かっかは夏にも行っています)。
そこから一路佐和山、間違えた彦根へ(近いよ)。
前回の雪辱を果たす為に近江牛を食うのです。ステーキ。ステーキ重ってところまで行く前から決めています。
近江牛、ステーキ重。
いつも肉はフィレを食べる私でも、うまい肉は脂身がうまい、つー訳でロース重です。
一口食べて「なんじゃこりゃ」と呟いたなり黙って全部食いました。うますぎるとしゃべる時間がもったいないので集中して味わった。
美味すぎた。思い出して涙出そうになるくらい美味かった。口の中で肉が溶けていくんだけど肉なんだ。ああああまた彦根行こうそしてまた近江牛食べよう。
その後、美食欲は満たされたがどうやら腹が満ちていなかったらしく(デカ胃)コーヒー飲みたいなっとカフェ入ってチーズケーキ食べました。目の前のわらび餅がめっさ美味そうだったけどチーズケーキだって美味かったもんねー(……)満腹で暖かくなったので、少し城下町を歩く。

彦根城、入るの、またやめました←時間的都合ではない。
ほら、じゃり踏んだので城1カウントしたし、な(目逸らし)。
そしてサコミツスポットだけ行って、佐和山へ移動。

佐和山に行こうとしたのに、何故だかナビが急にバカの振りをして(ナビ成ツンデレ機能)絶対に佐和山に行けないように画策してくるので、柚ちゃんが力業(転回)で佐和山の麓にある龍たん寺の書院へ案内する。
史実でどうだったかではない。ここの書院にはエロスの魔法がかかっていて、入ると何だか頭がおかしくなるのだ(元々おかしい頭の私が言うから説得力が無い)。
サコミツ脳の人がここに入るとサコミツ妄想が止まらなくなる魔法が掛かっている。

余りにも寒いので歩いただけで終わっちゃった今回なんですが火鉢の一つでも置いていて下さっていたら延々居座り続けていた(迷惑)に違いない。むしろ火鉢置いてなかったから火鉢をどうこうっていうところから始まったりしてな今回。寒い時の佐和山妄想な。寺からも城に行けるんだけどここは左近の為だけの抜け道なんだぜ(野猿出没注意と書いてあった)とか私この寺ホント大好きだー漢字くらいはやく覚えなさい>自分。
「どうする? 隣に左近の屋敷にあった木があるんだけど、寺の雰囲気が凄いアウェイで息苦しくなるけど」
「いい、行かない! 空気感大切!」
そしてまた左近の木拝まず←前回は雪辱では無かったらしい。
寺から先ずっと大概にしなさいよというサコミツ妄想会話をしながら移動していたら、ナビがいきなり

「カーブです」

と大きな声で注意した。
カーブ直前だから分かってるっていうのに。むしろそんな直前で吃驚させるなんて危険だ。
しかし、私達には既にサコミツの魔法が掛かっている(?)。
「なにこの三成なナビー、可愛すぎるー」
カッコ大爆笑カッコトジで終わりました。
そこから坂本城、の場所がちょっと分かんないからせめて光秀のお墓にでも……と坂本に行ってみたんですが、日暮れで閉まっていました。遠くから手を合わせる。サラッサラキューティクルヘアーの光秀愛してる!(金柑な頭ってどんなのなの信様……金柑でも愛してるよ光秀…)
しかし坂本は琵琶湖の見え方といいなんというか場所が素晴らしくいい場所でしてね(日吉大社だから、という訳では、無い…)
「わあああん光秀、光秀は信様に愛されてる、愛を感じるよおおおおう」
と二人で叫びだして大変でした。
ここから先、京都伏見まで完全に光信妄想。
距離優先で案内してもらおうとナビを設定したのに、高速を使う訳でも無くナビが進んでいきます。
少し京都の南側を通るのかな、と京都の地理に詳しい柚ちゃんが行っていたら、伏見桃山に連れて行かれました、ナビ成に。
「伏見城直ぐそこだね…伏見の屋敷ってどっち側だろう」「大体城の南側が普通らしいよ」「今南側だねっていうか、ナビの地図の道が整っている事からしてこっち側だろうね。本気で石田屋敷この辺じゃね? どうなのナビ成!」
ナビ成はどうやら石田君いい思い出の場所に連れて行きたいようです。六条直前で道を変えたもんな!(六条ヶ原は私達も今回の幸せな旅には不必要なので賢いナビです)次は近江山城丹波、涙の旅でもやろうか、どんよりした旅を、とかいう話も出た←苦しくなるのでなんとなく却下方向。
すごく細い道を通らされて、本気でここは単なる石田の抜け道じゃないのかと困惑していたら

「この先1キロ先、勝竜寺 を 左 です」

み、みつなりーーーーーーーーーーーー!!!
息を切らせながら
「勝竜寺は制圧だねお前様…!!!」
とまず言いました←一番最初に出る言葉が台詞。そこから一通り「使える駒」「仕えたい御仁ではないな」まで会話制圧。
勝竜寺は現存全くしていないのですが、新幹線で京都から東京方面に向かって「あ、山崎があの辺だな」と思ったその瞬間の下が勝竜寺です。目印はサントリーの山崎の看板が山崎。出来るなら東京から京都に向かって「あ、山崎だな」と思ったその瞬間。その時が勝竜寺です(笑)。
ナビ成は完璧に私達を案内した。
三献目のお茶は、熱く濃く旨かった。
そりゃああんたこんな事されたら拾わずにっていうかさらわずにはいられないよな秀吉!
気の利かせ方が完璧ですがちょっと口やかましく(例:「カーブです」)融通が利かない子。可愛いな。
その後柚ちゃんはどんな難解なナビゲーションにも「あー、言いたい事は大体分かった」とニコニコしていました。
三成だと思えば全て許される。一回だけ調子に乗って「殿だったら何でも許されると思っちゃいけませんよ」と言ってたけど、結局全部許してた。
当初の到着予定時間は、うまく行けばガンダム開始時間だったんですけど、三成が寄り道したのでお店から急かされてしまいました。
でも三成と一緒に旅したと思えば楽しい。表情筋ニヤニヤしすぎて痛いくらいに楽しい。


ホテル着いて、気合いで御飯食べに行ったんですけれども、疲労がやってきていて二人で食べながら数度意識を失いました。


今回の愉快な旅の仲間、ナビ成のある車は米原駅のマ○ダレンタカー
置いてあるポケティのキャッチフレーズが「たまにはオレに 乗ってくれ。」です。
色々完璧過ぎます。


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