世を忍ぶ仮の日記
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2007年03月18日(日) 親子ヲタバカ

本棚にいそいそと革命シリーズを並べて悦に耽ろうとしていたら、うっかり前の巻が何処か違うところに消えてしまっていて、思わず「ぎぐえあ」と口から変な音を漏らしていたら、丁度母が着物に合う帯が見当たらないと変な音を口から漏らしていた。
色んな場所を捜査したものの結局革命シリーズの6巻目が家の何処かへ消えました。けっこう最近買った筈のものが、高さ1メートルの平積みタワーの下に埋もれていたりするので、下から上まで見たりもしたけれど、高さがありすぎて奥のタワーにまでたどりつけなかったので諦めました。
きっと 何処かに ある。信じてる。あいびりーぶ。
その後母と帯と着物を出したり干したりしていたら、最終的に帯に合わせる着物、カッコしかも結局見つからなくて諦めるカッコトジになって終了したあたりがどうしようもない親子です。
そうして日曜日は文化に触れる日になってしまっているようです。
土曜日に着物熱に罹り日曜日に触れて飽きる、ぽい。私は掃除機にポチと名付けてずっと掃除機持って歩いてました。ダニの屍骸ハンパ無い。


しをん先生のblogを読んで「あーでもねでもね」とか思っていたらメールとか送ってらっしゃるんだ…なんかすごいなあ…。私頭が悪くてとりとめなくなっちゃって無理だ。

学校のカラーもあるのですけれども、
私の学校の声楽の試験はお姫様が一杯でした。
華やかにも程ってもんが!! 
あと歌もやっているので思うのですが「ありえない設定のあり得ない展開、お友達には欲しくないような人物になりきって浸りきって感情移入して歌わないとやってられない」みたいな曲をしこたまやっているうちにどこかネジが緩むんじゃないかなあって。
うちら暗いので、いつも歌の子達が明るく楽しそうにやるのを大抵眩しく「いいよねえ歌の子はヒロインだもの」とかブツブツ言ってました。日陰の身。
というわけでピアノとかバイオリンは暗いです。
あと、ちゃんと管楽器(美人フルート)やっている人が言っていたので私の弁では無いですが「え? 一番変人なのは、管楽器ー☆」だそうです。陽の変が管楽器、陰が作曲だ(別にあの人達が対極かっつーとまた問題は別だが)。管楽器はひたすら飲んだくれが多い。万国共通。ベルリン交響楽団の管楽器は自分の出番が来るまで裏で飲んでる。ウィーン交響楽団で二日酔いで三楽章まで裏でゲェてなってたホルンの人の話とか聞いた(ゲェだったか二日酔いで動けなかったか、どっちにしろ2楽章までサボってる)、とか。
子供の頃から出来る楽器っていうのはイコール幼少期にトラウマを抱える、みたいな情況になる時期が必ずあるので思春期から青年期にかけて多かれ少なかれ陰鬱になる
私のようにいつまでも陰鬱(しかも両極で躁鬱ぽいキモい)のは除くとして。
日本はまだヨーロッパのように「代々同じ楽器の音楽家」という土壌が無いのもあって「やらされた感」が強い人が多い、その分「あたしだけ子供の頃放課後遊べずに家に帰って晩ご飯の時間まで閉じ込められて」とかいうエピソードを抱えた人が多い。他の楽器の人もピアノでこのエピソードを体験している場合もある。
そういう人は明るく華やかそうに見えてその内面が壮絶に暗いので、知らない人は逃げた方がよろしい(逃げてー! 私からも逃げてえー!)。


楽器ごとの性格で某バヨリン弾きピコ2さんが
「バヨリンは旋律だから、いかにこの旋律が美しくあれるかを追求してくわけよ。この今の鳴っている一音一音が大切なの。あれだよね、ピアノって同時進行色んな音鳴ってるよね」
てトリオの練習中にい出した。
「ああ、うん。この一音一音て和音だったりもするわな」
「で自分で全てを作り上げる系でしょ。バヨリンは旋律が美しければそれでいいと思う時あるもん」
「それでいいのか」
「うん。究極にはねー。でもさ、あんたらピアノは逆にいったら自分で勝手に作り上げたって思うんだよね」
「あああ、究極の自己完結に入りがちだな」(そんな境地に入れませんけど ひゃくれんじとくとかホントほしい)
「「そのてんさあ」」
て二人でチェロを持ったピコ1さんに
「チェロってなに?」
問いただしてみたのでした。
なにっていわれてもなあ…(と言った気がする)。
で、暗いので「いいよねチェロって大切だもん必要だもんみんなから必要にされるもん。実際追求したところで(自己完結したところで)ねえ」とか暗いため息をついたのでした。
実際、チェロが一番試験前の雰囲気いいもん…みんな必要とされた人たちだからかな(暗い目)。
てゆかチェロって楽器重いのを運んでいるから肉体的にも、精神的にも包容力あるしいいよなあ。
バヨリンはなんだかんだでオケをやったりで「自分が一番と追求はするけれども案外協調性がある」という特徴があり、ピアノには「なんか雰囲気で協調性あるのかなあと思わせておいて最終的に誰とも折り合えない」という可哀想な属性があります。最初から最後まで自分のケツは自分で拭かなきゃ舞台で止まっても頭真っ白になっても誰も助けてくれないんだから仕方ないじゃん!(逆ギレ)という性格になるのです。旋律を追いかける人は話が噛み合ないときちんとどこがどう噛み合ないか突き詰めていくが、和声進行で考える人は話が噛み合なくてもそのまま進む傾向にある(作曲家も含む)。

作曲科は確かに変、なのかなあ。なんかごったになるとあれが一番普通なんじゃないかなあって思うときが多かった(どうなのそれ)。ピアノの試験とかでも試験官の態度が悪いと普通に弾きながら怒りオーラを伝えたりしていて、そんな自由すぎるところとか「なんかちょっと気になったからやってみたら超難しいんだけどどうしたらいい?」て相談されてもそれ卒業試験用の曲で私アドバイスなんて出来ないよ!(爆笑)みたいな自由人ばっかりで、男の子に「なんで音楽家はフォモが多いの?」と煮えた頭でうっかり聞いても「それは、性別を超えて才能に惚れ込んでしまう事が多いからじゃないかな」とちゃんと質問に答えてくれたり(彼はちゃんと可愛い女の子が好きです)

まともだよねえ(ネジがおかしいの?)

ただ、現代音楽はもういいと思ったのが試し弾き会で死ぬ思いをしたからか な。あの時作曲科って変って思った な。

あまりに煮詰まって(だって一小節真っ白なままだったりする)「この曲は…何をイメージしたのですか?」と聞いたら
「泥棒逃走物語っぽい感じ?」
とか言われた。
一楽章で盗みを企んで二楽章でコソコソ盗んで三楽章で、わああ見つかった逃げろォオオオ!!
て曲を弾きました。
とても変な人だったなあって印象深いその作曲の人はちょっと前までピアノ科だぜぃ

結論:ピアノの人って変だお。
ピアノは「猫が叩いても音が出るもんな」という劣等感も抱えています手強いぜ逃げろ!


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