世を忍ぶ仮の日記
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帰省している時に友人と呑みながら、「子供の頃最も印象に残った絵本はなんだったか」という話に何故だか流れて、私は題名はその時思い出せなかったがダントツ一位に『ベロ出しチョンマ』を想起したのだが、友人は人魚姫、と。 「私が人魚姫だったら絶対殺せない」 「……ちょっと待ってごめん。確か子供の頃はじめて読んだ時サクッと殺せよって思ったような……? いや子供だから……ほらちょっと物心ついて読んだ時はち、違うこと思って、殺せないって思った筈?」 必死に乙女だった頃の自分を探そうとしてみたが、人魚姫はいかんせん有名な童話なので色んな人魚姫がある。 次に私が、西洋物なら『ラプンツェル』てこれも題名思い出せなかったのだが、子供の頃から髪の毛垂らして待ってたら王子様来るって楽ーと感想を抱いた記憶を言った。だが題名が思い出せなかったのでそれも会話として通じず。 そうしてその時は童話話は終わったのだが、今日歩きながら思い出した。 私が最初に読んだ時の生々しいあの「ああ、殺すわ」というさっくり感を。そしてそんな自分に待てよ? と。 確か、人魚姫は、人間になりたくて、陸にあがってみたくて声まで失って足をもらったのだ。 最愛の人を殺したら声が戻るのと引き替えに。 今でも思うわ。 「私が人間になれるなら海の藻屑にはなりたくない」 乙女失格の前に人間失格だ、という自己認識はあるのだ。 でも、声が無いだけで意思疎通出来ない相手が勝手に婚約とかしてたらサックリ最愛の人は諦める。 で、声取り戻して「ごめんなさい」て呟くの。 駄目だ、私。 誰も賛同してくれないような気がする。子供の頃から何考えてたんだ、もっと純粋になれ! 最愛の人だぞ。 でも私の本来の目的が人間として生活する事、だったら絶対自分の第一目的を達成する、それを最優先に考える。 というのを多分5才以前から思想として固めていたようです。 イヤな子供。打算的なんだよ、ガキってさ(今もガキ)。
てくてく思いだしながら歩いて、映画観てきました。 『キャシャーン』。2本立てでやっていて、ちょっと遅れて、途中からだけどかろうじて『キューティーハニー』も後半から観られた。 この2本立てを考えた人は単にミッチーファンなのではなかろうか。 ミッチーは良いですなあ(ほんわり)。 画面からでも「楽しんでるかい?」感がドカドカ出ていて気持ちいい。キューティーハニーに至っては「ボクこんなに楽しいよーベイビー楽しんでるかーい?」くらいのテンションがありました。 ミッチー最高。 いつまでも腰振ってルンルン歌っていて下さい。どこか王子を残しつつ。 でも、スーツミッチーも大層美味。 ひ、人差し指でネクタイとかいじってみて! お願い! 正直『キャシャーン』は唐沢トシピィことんまちょびれー以外にはあんまり期待してなかったのですが。 ミッチーも大層よろしい。 どうして『キャシャーン』(英語綴りじゃなくてすいませんね)に期待できないかって昔総CGを使ったのが売りのFF映画を観て、余りにもCGだけに気合いが入っているのに気持ちが悪くなってあとちょっとで途中退場をしそうになったので、今回もCG多用と聞いてそこら辺がひっかかっていたのだが、これが案外人間部分をちゃんとした役者がやることによって、逆にまるでナマモノの舞台でも観ているような不思議な感じが出る。 舞台装置が無いところで台詞だけで勝負してるからか、何が何でも台詞やちょっとした動きや表情の変化、それを通り越して役者自身の持つオーラ勝負になってくるところが多い。 その点、いい役者を多起用しているので、役者を観るという点では満腹感が出る。 んまちょびれーがやっぱり格好いいし上手いし声良いし。ダテに大竹しのぶと『マクベス』やってる訳じゃないんですよっていう声のハリが素晴らしいです。 ミッチーは相変わらず好んで(?)倒され役だから、前半ミッチー後半んまちょびれーを観ていると飽きが来ません。通しでこっそりヒロインの美しさを堪能するもよし(ウフ)。実際あり得ないような格好いいブーツを履いていて一見の価値が有り。街であのブーツ履いたら絶対ボンレスハムになるようなブーツを可愛く履いちゃって、んもう。 話にメリハリは無いけれども、こういう、若い戦争を知らない世代がダイレクトに戦争を直球勝負で投げかけてる商品にはもうちょっとかまってあげたりした方が良いような気がする。 あれ、表向き婚約者との愛っぽくしてるけど、結局父と息子の父子間の問題の方が大きいと感じたのは私の個人的な感覚ですか、そうですか。ああ、やっぱり。ふんだ。
映画館を出ても何故か頭から離れないのはミッチーでした。 もちょっと長い間観てたい、ミッチー。
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