世を忍ぶ仮の日記
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2004年01月01日(木)

謹んで明けましておめでとうございました。
嘘です全然謹んでません。
除夜の鐘が鳴り終わる頃、眠れない苦痛にリビングに下り、珍しい家族全員が集合した団欒まがいもの、早速「交通費とお年玉と」「あ、私誕生日だったんだけど」など帰省二人の金を父からたきあげる母。
末の妹は無言であっけにとられている様子。
手持ちの金をほとんどまきあげられ、ギャー! と叫んで父は出ていった。
存在していればまた「あ、そういえば○○の金」と言われかねないからね…。
怖いね、女って(フッフッフッ)。
そうして逃げた父は、正月早々再び第三夫人(男)の元へ消えて行った。
第二夫人(男)のところには最近行ってないのう。


お正月一日目は同じ敷地内にある祖父母の元へ親戚一同が会する。
父方の親戚は怖い人がいる。
叔母、なのだが。
余所の家の子には小学生にも「東大行け」と言うくせに(私は言われなかった)自分の娘は地元の大学から出さないように縄をつけて縛り付け(←誇張表現有り)婆まで呼び出して(←マジ。塾に婆が乗り込んだ)無理矢理地元大学に突っ込んだもんだから未だに「一生怨むよ」とすっっっっっごく気だての良い優しいお姉さんからも怨まれても飄々としている涙ぐましい正月の「怨む」であった。
そんな言葉にも、叔母は蛇の威嚇音を出して平気のへいざだった。怖いよー。
父方のじいやんは会う度に小さくなって、寂しくて仕方が無いのだが、親族一同の写真を撮る時に
「それは携帯のカメラか!」
と、普通のカメラに向けて新しい言葉を発していたのでまだまだ現役だな、と思った。
どこで携帯電話のカメラを見たのだ、じいやん。じいやん、もう60過ぎてるのに赤いちゃんちゃんこ着て写真に入っちゃったよラブリーじいやん(←いい加減ジジコン卒業しろ)。
最後まで威嚇音を発していた叔母と共に、親戚のお姉さんや同級生だった美形の兄ちゃんが消え。というかその親である父親が激烈ダンディなオヤジで人目惚れした過去があるっていうのはさておいて人数が減ると寂しい反面人に当たって疲れが出たところを、子供達と戯れて誤魔化す。
生茶パンダと子供達。
そして延々食べ続けるピロ。
海老、アワビ、トロ、巻き寿司、鯛、ゴボウ巻き、黒豆、八寸、ブリの照り焼き、かまぼこ類、数の子、雑煮、焼豚etc……。全部が多量ってところがまた凄いのだ。
人見知り激しく、好き嫌い激しく、病弱で小食だったピロと従兄弟の気難しい女の子が、子供の頃は似ていたね、という話にどうしてもなるわけだ。
「大丈夫、いつかこんな風になるよ」(ピロを指さして)
「うんうん(もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ)」←ピロ。
従兄弟の女の子は微妙にちょっと厭そうな顔をしていた。
なるような気がしなくもないが、やっぱ私もピロが増えるのは厭だ。

次に、受験生二人の親だっつーのに大晦日に夜中の3時まで宴会をやっていた為遅れたオッサン(こんな人だが私の命の恩人)がやってくる。
広島弁の所為なのか、土地柄なのか、前置きが無い会話をする。
「おいお前はなんぼ欲しいんや」
「は? なんぼでもいいんなら100万」
「…おいこれ100円玉100個にかえてこい」
甲斐性の無い男ね(いやだから私の命の恩人)。
「お前池に落ちたん覚えとるか? 金魚見えたか金魚」
私は1才半の時に「落ちたら助けてねー」と言ってマジで池に落ちた過去を持ちますが(今も大して変わって無いですね、行動パターン)金魚まで覚えてるかいな。
私が反論するまでもなく、周囲が避難を浴びせかけたので放置して逃げました。
こういう時は子供が便利。子供の相手をする振りをしてぼんやりする。
いざ片付けをしようという段になって、意識が遠のいたので急いで部屋に逃げ込んだ。


無理矢理起こされて何事かと思ったら、父が牡蠣を食べさせたいので起こしてこいって言ったらしい。
牡蠣、食べた。
小指の先ほども無い小さな牡蠣の瓶詰めで、入手困難な品らしいのだが、今回は特別入手の難しいものを手に入れたらしい。
「こりゃ、社長が自分で食べようと思っとったヤツを巻き上げてきたんじゃ」
自慢げに巻き上げるなよ……。


父は今日は海で寝るらしい。
海にも、海用の人(男)がいるらしいのだが、何人囲ってるんだろう、男。
そのうち女の人もいるとしても、第二夫人と第三夫人には会ってるんだが、確かに男だったし。両方ずんぐりむっくり系なのよね。
よりリアルっぽくていやあねぇ(腐)。


のような元日を過ごすと、一年はどうなることやら。


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