ヤグネットの毎日
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2002年06月24日(月) ザリガニと聖書


 22日は午前中、党支部のみなさんと宣伝カーで地域を宣伝。有事法制のこと、医療改悪のこと、そして城陽市の公共下水道工事をめぐる談合疑惑にかかわって、真相究明と再発防止の必要性を訴えた。
 宣伝が終わってから、家の近所で写真を撮影した。ホームページのトップページをそろそろ換えたいと思っていたのだが、適当なものがなかった。撮影者は妻。息子が、「お父ちゃん、何してんの?」と声をかけたところでパシャ。やはり、額が確実にあがっている…。

 話は変わるが、息子の保育園にアメリカザリガニがプレゼントされた。保護者の方がもってきてくれたものだが、子どもたちは大喜びのようで、息子も「きょうはね、ザリガニさんがね…」と話してくれる。
 その様子を聞いていて、自分の幼少のころの思い出がよみがえった。
 何歳の頃かは忘れたが、小学校にいくまでの小川にザリガニがよく釣れる場所があった。今思えば残酷な話しだが、最初に釣ったザリガニのしっぽを剥いて餌にし、小枝に糸をつけて釣り上げる。おもしろいほどにとれたときがあり、熱中しすぎて家に帰るのがとても遅くなった。家族が心配していろいろ探し回っているところに帰宅したものだから、父親にひどく叱られたことを憶えている。
 そのとき父は、どういう脈絡からかは忘れたが「聖書」の話をしてくれた。どんな話しだったのかもいまでは思い出せないのだが、そのときの父のイメージは「厳格」で「尊いもの」への畏怖の念のようなものをもっていた(ように感じた)。
 以前にも、「父親の威厳というものは、実感できずに育った」とこの日記に書いたが、僕のなかで厳格な父という姿は、それくらいしか思い描くことができない。

 息子は大きくなったとき、父親である僕の姿をどんなふうに思い出すのだろう。
 「威厳」や「厳格さ」はまったく自信がない。でも、人間らしく生きたいと息子に向き合いながら、ともに悪戦苦闘する、泥臭さのようなものを思い出してくれたら、それだけで幸せだ。
 息子に伝えていけるものは何だろう。このことを常に自分に問いかけながら、人生の後半戦に挑んでいきたいものだ。


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