ヤグネットの毎日
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2002年05月14日(火) 風の谷のナウシカ

 学校5日制がスタートして、妻は土曜日が休みになった。でも、いろんな用事で外にでなければならず息子をつれて出る機会がふえた。おまけに日曜日は保護者会総会で「裸踊り」など大ハッスルしていたものだから、疲れがでたのかもしれない。13日は、「保育園行かない!お休みする」「眠たいの〜」の連発。
 10時頃まで粘り強く「説得」をしたが、ついに断念。僕は、仕事上を約束をキャンセルしてつきあことにした。一眠りして息子が「ビデオみたい」と言い出した。土曜日に借りてきたビデオ「風の谷のナウシカ」。

 「風の谷のナウシカ」は、実をいうと僕の人生にとって忘れられない思い出の作品である。
 高校3年の春のこと。長崎への修学旅行から帰って、「平和のために何かできないか」と考えていたとき、街角で「白いまちヒロシマ」という映画のお知らせのポスターを見つけ、会場に駆け込んだ。観賞後の感想に、「自分も何かしたい」とメッセージを書いたところ、後日、電話が入った。「高校生平和ゼミナールで、『風の谷のナウシカ』の上映会をするのですけれど、一緒にやりませんか?」とのお誘いだった。
 母親は、「何か組織に入るんじゃないの?」と心配したが、僕は「何か新しい出会いや発見があるのでは」とワクワクしながら参加したことを覚えている。
 「ナウシカ」の上映運動は大きく成功した。その直後、この取り組みの中心になって活動していた民青同盟の仲間に誘われ加盟した。17年前の、そう5月だった。それから4ヶ月後、日本共産党への入党をすすめられ、いまの僕がいる。

 当時の僕にとって『風の谷のナウシカ』は、反戦映画という印象が強かった。平和運動=反戦運動という受け止めがあったからかもしれない。
 だが、今回、息子とビデオで鑑賞しながら見ていたら、むしろ環境問題と人間についてのメッセージのほうが強いのでは、との感想をもった。

 自然を征服した人類が、巨神兵による「火の七日間」という大戦争で栄華を誇る産業文明を自らの手で壊してしまう。それから1000年後、わずかに生き残った人類は、蟲(むし)と瘴気(しょうき)の森「腐海」に征服されようとしていた。風をあやつり、忌み嫌われおそられる存在の蟲(むし)とも通わせるナウシカ。
 産業文明が滅んだことへの反省ぬきに争いごとにうつつをぬかし、「腐海」を焼き払おうとする人間に対して、ナウシカは「腐海」こそが人間の手によって汚れ切った自然を浄化し再生させる重要なはたらきをしていることを、命をとして訴える。その強さ、そして木々を愛で蟲と語る優しさ。
 生きとしいける者への限り無い愛情とは、人間が一段高いところからまわりを見ることからはうまれない。むしろ人間も自然や地球の一部という、謙虚な気持ちに立ちかえることから生まれるものではないか。

 息子は、ナウシカの目が好きだという。あふれるやさしさと勇気に満ちた目だ。それが何より大切だ、と思える人間に育ってほしい。

 国会に目をむける。鈴木宗男議員と自民党の「卑しさと汚さ」には辟易する。公設秘書をはじめ7人も逮捕者を出して、利権に手をそめたことが明らかになりつつあるのに、国会での議員辞職勧告決議案の上程に、自民党はあくまで反対するそうだ。前にも書いたが、辞任させるようなことがあれば、「橋本派の裏献金をすべて暴露する」(加藤昭『鈴木宗男研究』)と息巻いていた話しが、ますます信ぴょう性を帯びてくるではないか。
 この醜悪。こういう人間の集団が、有事法制の制定を急いでいるかと思うと、空恐ろしい。国民の声が、世論が行動が大切だ。



  15日から17日まで、妻の実家の稲刈りに帰る。妻もこの間、学校の宿泊学習の引率。そこで、息子をつれて帰ることにした。息子は、去年も稲刈りを手伝ってくれた。写真は、そのときのもの。稲刈りの様子は、僕の公式サイトのプライベートルームで紹介している。
 田植えの様子も、写真付きで紹介できれば、と思っている。(その余裕があるかな〜?)



 


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